金物屋で方位磁石を買い、隣の東急で黄色のブリザードのバラの花を買った。これは宝く
じの当選をより確実にするためですが。
「奇跡の画家」後藤正治 講談社を8階の本屋で買う。
毛糸の手袋とクリスマスのプレゼントをいろいろ買う。
4階の喫茶店でポパイのピザとコーヒーをいただきながらボ~といく行く人たちをガラス
越しに見ていた。若い男女の多い喫茶店で読書をしている人やインターネットをしている
人や商談をしている人たち。主人のためにケーキを1個買った。私はこのところ自分の分
は買わなくなったのだ。
この東急店が模様替えをしてから、どこから集まってくるのかと思うほど若い人がやって
くるようになった。若い人たちのための安価な衣服や雑貨店が多く経営的には成功してい
るようだ。
☆8時少し前に帰って、早速に方位磁石で正確に宝くじをおくのにふさわしい西を探した。
私の宝くじ箱である。中には西銀座デパート前などで購入した宝くじが。

方位磁石で西と出たのはキャビネットの中であったので、いろいろなものが密集している
中においてみる。

方位磁石と黄色のブリザードのちいさな薔薇の入ったケース。

正確な西ではなかったが、以前はここにおいてあった。自分の目線より高くないとだめだ
そうでキャビネットの中でももっと高いところにおくつもり。

☆☆☆「宝くじ」の設置が終わったところで「小公女セイラ」がテレビで始まったので観
た。
私のころ、読んでいた「小公女」のセイラの本は、黒髪をポニーテイルにしていて燐とし
て賢気な少女で、えらくその絵がきにいっていたのだ。それで、少しキャラクターには不
満。
この原作の主題は何だろう?
どんな逆境にも心次第でなっているつもりのものになれるということか?
人間の世の中が浅はかで富んでいるときには大事にし貧しくなったら粗末にするようなこ
とがあるときに、品格を保つ支えが「神」でも「祈り」でも「小公女」でもあったら強く
なれることか?
大人のシンボルである女学校経営のミンチン女史が純粋な強さのシンボルであるセイラに
根拠なくたじたじし、また自分の存在を嘲られるような不安になるある事実。
人間の弱いものいじめや権威に弱く力関係で対応の代わる滑稽さ。
テレビは少女の物語として勧善懲悪もあればりりしくまっすぐ生きる強さも見せる。
☆「奇跡の画家」を読む。
神戸に実在している石井一男という画家の話。
彼は結婚もせず、バイトをしながら習わず絵を40代後半から描き、まだ60代の画家だ。
ギャラリー島田という神戸の画廊に電話をして個展をひらくようになって東京や新潟でも
個展をやるようになった画家。
彼の形容詞として清貧、孤独がある。
ルオーに似た画風。
美術学校へはいってないので、うまいかといわれればそうではないともいえるが、純粋で
涙が出てくると感じる人がたくさんいてよく売れる画家だ。
石井の絵を購入した人の人生や画廊のバック・グラウンドも丁寧に描かれている。
バブルで消えそうな現代美術の対極にある絵だろう。
しかし、この本でも書かれているように特別、後世に残ったり画壇に残るというのではな
くて、ただ絵を描きたくて描く。その絵が好きで買う。そういう関係の中で生きて幸せな
画家の写真も素朴で芸術論など語りそうもない。なぜか、そんな画家を紹介したい気持ち
が今の時代にはあると思う。
☆世に受けそうなとか売れそうなとかを目的とした絵はやはり弱い。
この間、長野の黒姫駅の駅前の「しなの」喫茶店で見た、藤田の画集にはなかなか見たこ
ともなかった絵がたくさんあったのだけど、あまりにも表面的過ぎてちょっと軽さに幻滅
した。
藤田のことを書いてある評伝に「藤田は売れる絵を学んで描いた」とあったが、成功とい
うのはそういうことだ。
ゴッホが聖人のようにあがめられるのも「売る」ということを度外視して描いていた純粋
さがあったが、逆に「どう食べるのか?テオのいない人。食べさせてくれる理解者が兄弟、親、伴
侶にいない場合は現代は純粋であることは難しいであろう。
今の若いアーティスト志望の人たちは村上隆や奈良美智などのように画が高く売れていい
生活ができることを夢見ているのが多いそうだ。現代美術の美術館にはおしゃれで洗練さ
れている若者が多く業界的にかっこういいのであるが、純粋で清貧ではそのようにはでき
ないのであろうから、やや古い価値観かもしれない。
この本にでてくるギャラリー島田のオーナーにいわせると60歳すぎても画を描いている
のはもう本物といってもいいのだそうだ。
基本的に画は売れないので計算高く考えたら続けられないそうだ。
☆人生というのはよくできていて、「小公女」のミンチン女史が貧しいのにへこたれない
セイラをいびったように、魂が試されるというかより本物に仕上げていくいろいろな不遇
なできごとや不幸がけっこうおいしいのだ。
清貧というのもあるひとたちにとってはとても楽なことであり、ものごとがシンプルで無
駄がなくなりやりやすいのだと思う。
私なども、今日は掃除でへとへとになるくらいがんばったのだが、意地悪な主人が「寝室
までは片付けられないよ。」とねぎらうことなくいびったりすると、ちょっと嬉しくなる。ひ
ねくれ一茶でないけれど「がんばりましたね。見違えるほどみれいになりましたね。」と
でもいわれたら、物足りなく思う私ですが。
でもね。昨晩、娘のメールで「ママ、私の部屋片付けてくれた?」と主人の携帯に入った
ときに、「見違えるほどきれいになりましたよ。3万円では嫌だって、10万円とか言っ
てますよ。」とか主人は返信したのだ。
「あの娘、変ですよね。自分の部屋を人に掃除させてお金を払うって変わっている。」と
私が言ったら「娘は金持ちだからね。」と主人は言う。お金があるとかないとかの問題で
はないと思いますがね。
☆というわけで私もほとんど売れる絵を描かず掃除で収入を得てるかも。
純粋でしょうか?