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今日は火曜日の振り替えの中国語があります。昨日(正確には今日)午前6時に寝たので、ゆっくりと12時までベッドにいて急いで身支度をして20分で学校に着きます。
今日の先生は上海からの若いママです。ご主人が日本人で小学校の坊やがいる。教え方がきちんとしていて独学でもできるような感じなんだけど教科書のツボを抑えて頭をきちんと整理してくれます。 どうしても中国地震の話になります。慌しいのはいけないので火曜日のレッスンもキャンセルにしました。家を片付けて出かけたいですものね。
☆ 終わったのが3時を回っているので、銀行でお金の換金もできないので横浜の「そごう」で佐伯祐三展をやってるので思い切って行くことにしました。目黒駅から武蔵小杉まで行き東急の特快に乗り換えました。「そごう」って久しぶりです。佐伯祐三は没後80年です。随分沢山の絵がありました。やはり晩年の絵が凄いです。30歳でなくなり、結核で体を悪くしてたのですがパリの精神病院でなくなります。裕福な寺の息子で芸大をでて結婚しすぐパリに家族で行けたのですから、その点はとても幸せな方ですね。 ブラマンクからは当時セザンヌの影響を受けて描いたアカディミックな画風をケチョンケチョンに貶されたそうですが、それからが本気な闘いだったようです。 山口長男さんとかとパリで御一緒だったようです。洋画家たちの大家のお名前が沢山出てました。 それぞれの人生をしっかり生きて作品が残る。悔いもあったでしょう。遣り残した思いも。 でも、凄まじい迫力のある絵と美しい画家の写真が、惜しみなく与えたやさしい人柄だったのがわかります。
自分も絵を描いている端くれとして、少しでもいい仕事をする努力は続けなければね。 私は洋画専攻で無いので、本当に日本の洋画家の名は知らないのです。でも22歳の最初のプリント・アート・ギャラリーでの個展の時に、毎日ディリーニュースがクリティックを書いてくれたときに、 山口長男さんの名と並んで紹介してくださったのですよね。若かった私はその名の価値を知らず小野木学さんなど計5名の紹介記事を自分の名を残してはさみで切ってしまったのです。惜しかったですね。 それから、いろいろなところで山口長男さんが抽象の大家であると知らされ多くの作品を美術館で拝見したのでした。生きていらしたら佐伯さんも110歳は無理ですが30年くらい前なら大家としてどんな作品を描かれていたでしょうか? 佐伯さんの愛用のバイオリンと奥様のコティの化粧箱が使いかけで展示してありました。 厳しいパリ生活の中でフランスの香りを楽しまれてもいたのでしょうね。
絵は古き良き時代のパリの店や街並みが素敵です。カフェかポスターや店で働く職人がいかにも洒落てます。ハンサムな方ですからいよいよ凄い形相になって、亡くなられたときの顔は凄まじいものでしたといいます。
美しい奥さんと可愛い娘。生活の厳しさと結核の遺伝性でしょうか伝染症でしょうか?佐伯が亡くなって2週間後には娘さんが6歳で幼くして亡くなります。奥さんは2つの遺骨を持って3ヵ月後に帰国したそうですが厳しい芸術の道ですね。
☆私はあえてカタログを買うのを止めました。立派な画集もありましたが手に入れる気はしませんでした。でも、2度展示場を歩いてしっかりと作品を心に納めました。 その代わり2冊の佐伯さんに関して書かれている本と「奈良本」の上と下を買いました。日本の絵物語が沢山載っているからです。
本は重いし、今日はハイヒールのサンダルを履いて珍しくオーガンジーのスーツだったので少しの休憩をかねて軽い食事を戴きました。中華のセットです。自宅で40分の間に食パンのトースト1枚と珈琲を飲んだだけだったので、ようやくエネルギーが出て来ました。家族に蒸し餃子もオーダーして持ち帰ります。
旅のための濡れティッシュ矢紫外線よけのTシャツとバーゲンでスペイン製の7分パンツが4千円ちょっとで売っていたので買いました。緑のいい色です。娘に見せたらとても高いブランドで自分には手が出ないブランドなので4000円で買えたのは偉いとか!
☆帰りは京急の特別快速で品川に20分くらいで着きました。7時15分くらいには家に着いたので夕食を頂デザートが買えなかったので娘にアイス・クリームを買いに行かせました。
お風呂に入って髪を乾かしているところです。主人が今、お風呂に入っている。私はシャワーでしたから主人のお湯は体に悪いさらの湯です。お風呂の湯って人の後がいいそうですね。
☆佐伯さんの本を読んで少し身を引き締めて、私も今日の1枚を描く予定です。 でも、WWEがあるのでサボるかも。うふふ。 計算したら火曜日はホテルに泊まるので毎日1枚描くとして1日2枚描く日が必要のようです。 天使様方に頼んでいますから、きっと2枚描く時間ができるはずです!月曜か日曜の夜にね!
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