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縷衣香 NOW! - 節約時代!本物時代!

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節約時代!本物時代!


 父の家に行く前に銀行の通帳で書き込みをしていると警察から渡されたビラがこれです。
今日は一斉に各銀行におまわりさんが注意を促したそうですが、既に600万円以上の被害が計3人の犠牲であったそうです。

 父の家で掃除中、父は気持ち良さそうに寝ていました。
 こうして元気でいてくれるのは何よりも嬉しいです。

 6時過ぎに家で娘と食事の後にテレビを見ていたのですが「節約」主婦の節約振りをニュースでしていました。一人3人家族で食事を500円内でして夫婦の借金およそ500万円を2年半で返したそうです。
 主人が帰ってきて3人でNHKの「その時歴史は動いた。」でアイヌの19歳でなくなった乙女の話をしてました。子供の頃「アイヌの童話集」を読んだ事があります。明治になって本土から和民教育をされ姓を替えさせられ、言葉も日本語を使うことになりアイヌは土人と言われ民族の誇りをもてなくなったようです。主人公の娘は伝承のアイヌ語の物語を唯一のアイヌ人として通った女学校で学んだ日本語で訳し、金田一先生や柳田国男先生の希望で東京に来て胸の悪いの翻訳作業に打ち込み、最後の推敲が終わった翌日になくなったそうです。大正の12,3年頃の夏で1年後に出版され多くの継承者が志を受け継いでいるそうです。娘が感動して観てました。

 次は丸山明宏さんの「ヨイトマケの歌」とオキナワの歌「花」を聴き、物質というものは人間を豊かにしないと改めて思いました。

☆詐欺にひっかかって老後のたくわえを失くすのは本当にあってはいけないことですが、未曾有の不況で人間が正常化していくような気もします。
淘汰されていくでしょう。
本物だけが残るでしょう。

☆アイヌの伝承に神様に感謝して大切にしていれば必要な食べ物は恵まれるというのがありました。自然の中でものの精霊を信じ語りかけていた民族は本当のことを知っていたのですね。

 世界中で先住民の権利を見直し高い文化の香りに注目するときがようやくやってきたのですね。

 アイヌの娘さんも神様から託されて降りてきた天使のような気がしました。
とてもかわいいお嬢さんでした。そして19歳の文章は品格あり読んでみたいと思ったものです。
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 NHK番組紹介コピー
  時: 1923(大正12)年8月10日
出来事: アイヌの少女・知里幸恵(ちり・ゆきえ)によってアイヌの伝承がまとめられ、『アイヌ神謡集』として出版された
明治、日本が近代化を推し進めるなかで、蝦夷地に生きるアイヌの暮らしと文化は消されようとしていた。その時、アイヌの復権に挑んだ少女が、知里幸恵。幸恵はアイヌの伝承をまとめ世に問うた。
「梟(ふくろう)の神が羽ばたきをすると神の宝物が落ち散りました」……狩りや漁で生きるアイヌの人びとにとって、自然や神を敬う伝承「カムイユカラ」は、民族のアイデンティティともいえるものだった。しかし同化政策によってアイヌの人びとは生活を破壊され、貧困と差別に苦しみつづける。やがてアイヌは劣った民族だと思い込まされ、誇りを奪われていく。知里幸恵もそんな一人だった。
しかし幸恵に転機が訪れる。15歳の時、アイヌ語研究に取り組む金田一京助と出会う。金田一は、急速な近代化で消えゆくアイヌの伝承を記録しつづけていた。交流を重ねる二人は、アイヌの伝承を集めた本の出版に取組む。そして幸恵はカムイユカラを改めて学び直し、その中で、アイヌ文化の本当の豊かさと、後世に引き継ぐ使命に目覚めていく。1923(大正12)年、『アイヌ神謡集』を出版。それはアイヌであることを否定しつづけてきた人々を覚醒させ、やがて差別撤廃と民族の復権を求める声となる。その声はさらに広く日本社会に共感を広げていく。
明治以降、近代化を推し進め列強国にならんと邁進してきた日本。番組では、その影で犠牲を強いられつづけた人びとの声に耳を傾ける。
番組の内容について
カムイユカラ
アイヌ民族の「口承叙事詩」。アイヌの英雄譚であるユカラとは区別され、神々が自ら語った物語の形式を取っている。繰り返して歌われる節回しが特徴。

アイヌ神謡集
知里幸恵が祖母モナシノウクや叔母・金成マツから聞いていたアイヌの伝承「カムイユカラ」をまとめたもの。1922年9月に完成し、翌23年8月10日に郷土研究社から出版された。民俗学者・柳田国男のもとに金田一京助が話を持ち込むことで発行が決まった。現在、岩波文庫(赤版)から出版されており、書店などで入手可能。

知里幸恵
1903年北海道登別生まれ、7歳以降、旭川で過ごす。1922年「アイヌ神謡集」出版のために上京するも、心臓病が悪化し、同年東京の金田一家で死亡。アイヌ語と日本語の両方に通じる高い語学力を有し、祖母や叔母が語るアイヌの伝承を記録し、日本語に翻訳した。弟はアイヌ民族で初めて北海道大学の教授となった知里真志保。

金田一京助
1882年岩手県盛岡市出身。アイヌ語研究の第一人者。國學院大学教授を経て、東京帝国大学教授。1931年出版の「アイヌ叙事詩ユーカラの研究」で、学士院恩賜賞を受賞している。1971年没。

番組で使用したカムイユカラ(アイヌ語)について
うたは中本ムツ子さん。アイヌ神謡集に載録されたカムイユカラをうたったもの。CDは片山言語文化研究所が発行、草風館から発売されている。

オープニング松平氏コメント・ゲスト収録の場所「伝承のコタン」について
ゲストトークの収録場所は、北海道旭川市にある「アイヌ文化の森 伝承のコタン」。旭川市博物館の分館。ここのチセ(アイヌ民族の伝統家屋)は笹で葺かれているが、これは上川地方のチセの特徴。使用する材料は地方によって異なる。

幸恵の祖母について
登別で生まれた幸恵は、5〜6歳の頃、祖母・モナシノウクと二人で暮らしていた。モナシノウクはアイヌの伝承を多く記憶、幸恵はその影響を強く受けて育った。

蝦夷地
江戸時代、日本人(和人)がアイヌ民族の居住地を指して使った言葉で樺太・千島列島を含む。アイヌ(蝦夷・えぞ)の住む場所という意味で、和人の居住地を指した和人地の対語。ただし江戸時代末期に至っても、和人地は渡島半島に限られていた。アイヌ民族が自らの土地を指す場合には「アイヌモシリ(人間の静かな大地)」と呼んだ。

明治天皇の下問書について
1869(明治2)年5月21日、五稜郭開城で戊辰戦争が終了した3日後、蝦夷地開拓の大方針を決定する明治新政府の上局会議に明治天皇が下問した文書。

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