?

Log in

No account? Create an account
entries friends calendar profile Previous Previous Next Next
お片付け!その4! - 縷衣香 NOW!
ruiico
ruiico
お片付け!その4!
 資料箱はかなりランダム!

この詩はイオンの英語の先生が西海岸の友人が詩を集めているので紹介して良いかと訊かれ、良いですよお返事をしたら、People tr
eeで ネットで全世界に流れていたようだ。

 ハ-バ-ト大学の紋章はラテン語で「真理!」

美を追求していくと美というものは真理に到達する。

 真理は愛だ。
 普遍的な永遠にかわることない愛。

それも人類愛だと思うのだ。

 だから、美しいのだ。



 SMFAを出てからプラクティカル トレーニングというのが1年あって、ヴィザが下りるのだが、その間、バスケットを習っていた!

 クラブ活動で「お針」というのがあって自由にいろいろ作るのだが、自分の子どもの頃の人形の洋服とかバッグの生地貼りとか赤ちゃんの涎掛けの刺繍とかそれぞれなのだが、私はノアの方舟バスケットを編んでたわけ!



 ナンタケット島にレッスンに行ったり、

 右上のバッグはナッタケット島のかたち。

 コンコルドまでレッスンに通ったり!

 ハ-バ-トネ-バ-スと言うグループのために福島の三春に張り子作りを学びに行ったり武生の人間国宝の紙漉きを観にいったり、日本とアメリカを行ったり来たりしていたが9・11が起こり、切に人間関係の回復を求める時代になり、作品におもいを託すようになった!






 私は美術大学に行って学ぶのを決意したのは11月で受験まで2ヶ月しかなく、紹介された受験用のデッサン教室は日曜日だけで、私は8回の色彩構成とデッサンを学んだだけで受験した。

 両親は美術大学の共学は危険な異性関係があるので良くないと思い女子美術大学のデザイン科に限って受験を許してくれた。

 洋画、日本画、彫刻は食べれないし、屁理屈を言う生意気な女の子になるから駄目で、戦争未亡人や離婚しても食べれるように手に職を望んだのだった。

それでも受かったが、デッサン8回の経験と余りにも、準備が無い情報不足で、いつかキチンとデッサンをやりたいと望んでいたのだった!

 それが実現したのが47歳のボストンだったわけ!







レンブラントのデッサン!
ほれぼれ!


☆サマースクールでデッサンを学んでたら、先生が才能があるから、秋の正規の授業でも勉強できるようにしてあげようと動いてくれた!

更に、先生は主人にあって奧さんは才能があるから協力するように言ってくれたのだ。

 そんなわけで、推薦状も書いてくれ、そのあとで、SMFAに通うことになったのだ!

 47歳から52歳くらいまで。
ハ-バ-ト大学とボストン美術館付属美大で学べるという夢のようなことが現実に起こったのだ。

 もはや両親も共学は駄目とか油絵は駄目とか言わないので、油絵、エッグテンペラ、パフォーマンス、インスタレーションを学びながら、高校生の娘の送り迎えを週末していた。

 金曜日土曜日日曜日は娘とモ-ルに行ったり、日本レストランに行ったりで、夜の睡眠以外は1分たりとも横になって休んだことのない忙しさだった。

 主人は3年で帰国し、私は学生ビザで更に4年の7年ボストンに滞在した。

 時代は村上隆が台頭し、SMFAの授業で先生が「オタク?」と訊いて辿々しい英語で説明したものだった!

☆「ハ-トを棺桶に入れないで!」という作品!

 「ゴッホの部屋」です。


 帰国後もバスケット作りは進化した!
白金で3日間、個展をしていたら、イギリス人のカップルがこのバスケットを観て入ってきて、絵本を買ってくれた。

 彼は上野の文化会館で胡桃割り人形を踊っているバレリーナで彼女はコスチュームデザイナーだという!

 アーティストは日本に住んでいてもチャンスは国際的にあると私は思う。



☆1980年用のカレンダー。
パリに行ったらとても良く売れた。
売り上げは全額カトリック教会に寄付しました!労働許可証を持っていないし。







☆37歳の時のパリ個展。
7年後には百人一首を市立美術館が買ってくれボストンに滞在中に観にいったら、常設してあった。
 パリのユネスコの人も買ってくれた!
 同じ頃、インタ-ナショナル聖心会から美智子妃に尽力御礼の献上品に選ばれ、姑が水引をかけて、皇居まで持っていった。私はパリ個展のためフランス滞在中だったから。

結論!
70歳になっても、若いときと同じ気持ちで言えるのは、美術にはあまり学歴は要らないと言えると思う。

 最近、発言小町を読んで、大学出たての若い人が、絵が好きだから外国の美術学校に行って、国際的に仕事をしたいというのに対して、驚くほど辛口のバッシングがあって胸を痛めているのだ。

 廻り道しても、絵の道は開いている。

 外国の美術学校は驚くほど奨学金が出るし、国際的に成功している人も多い。

 バッシングする人にも責任は生まれると思う。

 できることなら温かい目で応援する人でありたい。


コメントの送信