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晴れ!甲府へ。私の青春の闘い! - 縷衣香 NOW!
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晴れ!甲府へ。私の青春の闘い!































 桂ユキ 1970 作品「マスク」のマグカップ!文化村のミュ-ジアム前の本屋のお年玉袋の中にあった!カレンダーや画集などで素敵なマグリットの林檎のブロ-チも!


「特急しなの8号」の自由席に荷物を置き、急いでみどりの窓口で甲府までの片道切符を購入。「松本であずさ14号」に乗り換え。片道切符だと距離的に割引きできないと言うが、東京まで行くので途中下車は普通切符なら可能と割引きしてくれた!12時10分に甲府に着く!

何せ、10分の間に切符を買ってしなのの自由席5号車に戻らないと荷物だけ名古屋に行ってしまう。

 3分前には戻れて、販売車はないそうなので車内自動販売機でコ-ヒ-を買った。

 ワイドビュ-「しなの」で雪も多少はあるが日が当たって長閑な風景だ!


☆お土産は易カルタにした!


昭和52年1月25日火曜日!

 京橋の此花画廊の池田社長(女性)が、ルイちゃん。「土牛の富士山の絵の写真が横にある。良かったね!」とおっしゃった。この画廊の看板は川端康成の筆で、トシコームトーという小さな恋人という洒落た四コマ漫画を描く漫画家を世にだした人だ。

 村田陶さんという埼玉県秩父のサラリーマンが通勤車内で鉛筆で人々のデッサンを1万人描いたという人も世にだして、黒柳徹子の徹子の部屋や多くの雑誌、新聞で有名になっていた!

 ある日、易カルタで請われるまま、村田陶さんを占うと「当たっている!100%当たっている。」と日本経済新聞の文化欄の記者に話したようだ!

 まだ、20代であまり世の中の事は知らない私もこの画廊も村田陶さんも信用できた。

 それで記事になったのがこれである。


 自分として何より嬉しかったのは、辛かった美術大学の教師や同級生からの不当過ぎる苛めや自分の戦いの意味や目標が400字詰めの7枚の原稿依頼で全部書けた事だった。




 昭和52年は西暦1977年でこの年に生まれた人は40歳だという。

 私は占い等を信じる人ではなかった!
しかし、大学時代の最悪の出逢いが易経には自然を通して教える凄いものがあると教えてくれたのだ。

 当時は黄小蛾のカッパブックスの易入門が大ブームで6個の十円玉の裏表でできる64のパターンから卦を読むのが簡単で私も転がして遊んでいたが、あり得ない確率で一定の卦が出る出逢いがあったのだ。

 易は凶からは去れと教えるがキリストの教えでそれでいいのかと私は悩んだのである。

 孔子は自分が易経典に20代の時にであっていたら、自分の人生は完璧だったといった。
皆が幸福になるたに使える!私は夢中になった。

☆甲府駅では志田先生と奥様がお迎え!
丹下健三の作品!
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イタリア料理で!



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