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 2月の浅間山!


シャケのキッシュ。
野菜のゼリー寄せ。
ブルーチーズ。

 美味しい枝つきレーズンとよくあいました!

☆今日は9時19分の信越線に乗って、長野ロキシーの若松孝二監督の「連合赤軍」を観ました。

 3時間10分もかかる長い映画でした。今日が初日で一番早い時間でしたが、同世代のおじさんが7人観てました。

 

 私が大学の時には全国各地で学園闘争があり、ベトナム戦争があり、チェ-ゲバラが殺され、キング牧師が暗殺され、R-ケネディが暗殺され、フランスの5月革命、イタリアやドイツでの学生運動やメキシコの学生も動き、世界同時革命の空気がみなぎっていたのです。

 

 若く優秀なエリートとしても生きていかれる青年たちがなぜ自分を犠牲にして理想社会のために戦ったのか?

 

 そして、12人もの仲間をリンチ殺人したのか?

 

☆私の同世代の若者はゲバルト棒とヘルメットとほうかむりの手拭いで権力と戦うのが王道で沈黙し行動しないものは、「ノンポリ」と言われ、糾弾されたものでした。

 

 多くの出版物とテレビで浅間山荘までの行動を知っているつもりでも、映画を観ると追い詰められていった若い行動がスピードのあるものだったとわかります。

 

 実際には映画は現実の浅間山荘までの道のりがより厳しかったようです。

 

 2月の末の軽井沢の雪は腰まであり、真っ黒な夜を逃げたようです。

 

☆今朝、大雪の神山を降りてきた私には、「こんなに歩きやすいわけはない。」と思えたものです。

 

 週刊誌では面白おかしく永田洋子の女としての嫉妬とか、乱れた性生活をしているだらしのない若者たちのように書いてありました。

 

 この映画は真面目に彼らの余裕のないほどの潔癖さを描いていて、若松監督の「若者を信じる。」と言う思いが伝わってきます。

 

 しかし、人間の弱さを許す余裕の無さ。それは、チェ-ゲバラだったらもっと暖かい目があったでしょうと思われる後にリーダーの自殺で遺書に「勇気がなかった」と言うものでしょう。

 

 同世代の生きて残った連合赤軍のメンバーのひとつは「権力に殺されて死にたかった。」と言う。

 

 権力の中枢に近いところまでいって世の中を変えようとか、目立つことなく一隅を照らそうとか、実は他のやり方もあるのですが。

 

 武力闘争のために交番や銃店を襲う。

 

 女たちはただ恋人のそばにいたかったと言うのもある。

 

 「総括」も客観性がなく自分には甘いリーダー。

 

 あの時求められる「勇気」はなんだったのか。

 

☆「連合赤軍」を観るには、おにぎりがふさわしいと2個、映画を観ながら食べたのですが、最後の浅間山荘で5人は炊飯器のご飯で管理人の女性が握ったおにぎりを「仲間にも、処刑で死んだ仲間にも、食べさせたかったな。」と言う。

 

 逃げて古い民家やテントで合宿していた連合赤軍のメンバーは仲間が銭湯にいっても、おしゃれをしても「総括」の対象にしてしまうのだ。

 

 90%近い視聴率だった浅間山荘の最後の逃走で、戦士の母親たちの呼び掛けも、いまだ記憶にある。

 

 人の幸福のために自分を犠牲にしたはずの若者がいつの間にか犯罪者になった。

 

 何か危ういものに操られたかのように。

 

☆それから、駅までバスに乗り「夜行観覧車」の文庫本を買った。

☆中軽井沢に行き、切れていた食材を買った。

 

☆軽井沢で湯タンポケースが70%引きだったので買い、

 8つのポケットの小物入れを買いました。

☆☆☆
 このようなささやかな可愛いものや日常品を買うことは、人間の暮らしにある不安や辛いことを慰める力がある。

 

 帰りの軽井沢駅のホームで、沖縄から長野に働きに来ていた女性も衣服や雑貨を買ったようで、ストレス解消になると言う。

 

☆☆☆
 世の中を、世界をよくするには、自分が幸福になることだ!

 

 自分が幸せだと、他人がおしゃれをしてると「いいな。素敵だな。」と思える。

 

 あの連合赤軍の戦士たちの着の身着のままの姿や共産党万歳、権力の犬の警察や資本家に爆弾テロをする方法は、洞察力が無さすぎると言うものであろう。

 

 私は思う。誰にでもある弱さや欠点。ハンディ。それぞれ同じように劣等感と負い目と苛立ちを持っているものだ。

 

 それでも、他人にぶつけない努力をしている。音楽を聴いて心スッキリするひともいるだろうし、ボランティアで自分の心を救うひともいるだろう。

 

 私があの時代に得た結論はそのようなものだったと思う。

 

 大金持ちのエリートが孫が障害のあるのを嘆いて涙を流したのを見たことがある。
 
 革命だからと言って、人間らしい恋する心や美しくなりたい心を持つ人を排除する必要もなく、知らない遠くの不幸のひとを助けることも身近な人を助けることも一緒だ。

 

 そうだ。マザー-テレサは周囲のひとに関心を持つことをいっている。遠くに人助けにいかなくても。
皮肉にも彼女は遠いインドまで人助けに来たのであるが。

 

☆そんなヘビーな映画を観たのでお目目直しに中軽井沢に行ったのだけど、高いので見るだけでした。

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