Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

3.11


晴れてます。

3.11

 

 テレビで被災情況を延々と観ている。

 

 父の家のなかも東京自宅も割れそうなもの落ちそうなものは下に置いて、地震対応の暮らし。

 

☆あの日、娘と2階の寝室で震度5強の東京で揺れ、主人は3時間も歩いて仕事場から帰ってきた。

 

☆仙台から前日の最終の新幹線で帰って来た娘によるとしょっちゅう地震があり、帰らなければいけないと思ったのだそうだ。

 

 水を得るために並び、停電が続いた仙台に独り暮らしの学生だった娘が残っていたらとゾッとする。

 

☆娘は神戸に行き、友人の家に避難。私は長野に行き、娘がちゃんとしたベッドで寝たいと言うので、京都に出て一緒に外国人が来なくなった4人まで10000円の外国人用のホテルに泊まり、東京でてに入らなくなったトイレットペーパーとペーパータオルとティッシュと水ボトルを宅配便で2箱送った。

 

 その安いホテルには、乳児を抱いた若いママたちが家族や友人連れで千葉や東京から来ていた。

 

 放射能から子供を守り、安全な水を求めて。

 

 私と娘は名古屋から長野に入り、新学期が遅れ5月に始まり、東北新幹線が4月29日まで不通で長野にいるしかなかったのだ。

 

 もう、雪が溶け始め娘も普通の靴でコテージにはいれたのだ。3月25日くらいだったか?

 

☆東京の家も父の家も壁に亀裂が入り、目の前の道路にも亀裂が入った。

 

☆あれから、娘を訪ね東北に幾度も通った。娘も石巻に2ヶ月かよって瓦礫運び等した。

 

 仙台は街中の家屋もビルも壊れ、ひとのこころも軋み、善意のボランティアも危機感に燃える正義の人も悲しみにくれ疲れる人も混じり、日本人の誰をも自然の驚異と人間の力にうろたえながらも希望をつくり日々の生活に帰るしかなかった。

 

☆あれから、1年後。今から1年前に父が亡くなり、時代と重なるように我が家も色々なものを失い、人間力を試されている。

 

 今、テレビのテロップで横浜線で人身事故で不通となっていると通知。

 

 死ぬほど辛いひとがいる現実。

 

☆明日は黒姫も暖かいと言うので黒姫に帰り、13日に着く桧の36枚のすのこを受け取る。

 

 すのこは
10枚打のすのこ20枚。5枚打のすのこ10枚、4枚打ちのすのこ6枚。地下に置いて、いざというときにはここで人が寝れるようにしておくつもりである。

 

☆これから、2階の掃除。
今日も晴れているので、洗濯機を回しているができるだけのことをしておくつもりである。

 

☆東京の用事で21日以降に東京に帰ってくるので衣類など春物は置いておくが、混むので明日は朝イチの6時代に新幹線に乗れればいいが。

Tags: via ljapp
Subscribe
  • Post a new comment

    Error

    default userpic
    When you submit the form an invisible reCAPTCHA check will be performed.
    You must follow the Privacy Policy and Google Terms of use.
  • 0 comments