Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

馬鈴薯の残りの種芋を埋めて考える「良心詐欺」。



 椎茸もずいぶん出てきている!

☆テレビで「おれおれ詐欺」「振込詐欺」が手渡しになったので、新しい名称を募集していて5月始めにその優秀賞を発表すると言っていた。

 

 孫が大事な書類が入っているバッグをなくしたからと、携帯もそのなかで、すぐ受け取りにいくから100万円を出してしまった人の映像が幾度も放映されていた。

 

 とてつもない多くのお金がこの手の詐欺で騙し取られているという。

 

☆このバリエーションに富む詐欺のうち、気になったのは「良心詐欺」である。

 

 そう言うことなら、「良心詐欺」にはあまりにも多くひっかかってる。

 

☆私は、いつも書いているように普通である。
 成績も公立小学校では体育以外はオール5だったが、私学にはいった中学、高校では普通。兎に角、全く勉強する意味がわからなかったので全くしなかったので数学など普通以下のものもあり、英語もできない方。国語に限っては良かったかも。

 

 勉強重視でないアートの大学に行ったので、あまり劣等感を感じないで今日に至っているが、アートにいかなければ多分、短大の国文科辺りにいっていたような価値観で育った。

 

 それで、一流大学出には負い目が無いが、それ以下とか高卒中卒には負い目を感じてしまう。

 

 そこに忍び寄るのが「良心詐欺」である。

 

 それと同じで、喧嘩しながらも両親いる家に育ったので、「片親」「私生児」「離婚家庭」と言われると、負い目で「良心詐欺」にすぐひっかかってきたように思う。

 

 食べるものに不自由しないで育ったので、「貧乏」「家がない」「借家育ち」とか言うのも「良心詐欺」にひっかかる。

 

 その連鎖で「障害があるの」「家族に障害者がある」というのも負い目。

 

 これは、普通のことだと思っていたのだが、他の人はそれほど情に脆くないようだ。

 

☆人間はどう生きればいいのか?

 

 孫や子供が不始末をおかして、なんとか助けてあげたいとお金を出す人たちは、おおむね優しく口だけでなく人助けをするいい人である。

 

 仮に本当に交通事故をおかしたり、女の子を孕ませたりして(自分が悪い)親や祖父母が助けてくれなかったとしても恨むのは筋違いだろう。

 

 それにしても金銭がなぜ絡むのだろう?

 

 人の善意や優しさにつけこむ詐欺師はバチが当たってそれ相当の人生を送るだけだ。

 

 人の世が厳しいからこそ、庇ってあげたかった詐欺の被害者は、人の世が二重にも三重にも罠に仕掛けられている怖さに、哀しいと思うのか?失ったお金を悔しいと思うのか?

 

 ヴァチカンも一説にはもうすぐ崩壊するとか。

 

 善意そのものが愚弄されているような気がする。

 

 確かなものはなにか?

 

 馬鈴薯の種芋を埋めながら、費用はかかっても「蒔かぬ種は生えないというもの」と思った。

 

 しかし、種芋の大きさに比べ収穫した馬鈴薯の小ささを思うと、私程度の農業能力だと、いかがなものかと思うのである。</p>
Tags: via ljapp
Subscribe
  • Post a new comment

    Error

    default userpic
    When you submit the form an invisible reCAPTCHA check will be performed.
    You must follow the Privacy Policy and Google Terms of use.
  • 0 comments