Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

「江戸のエコロジスト一茶 」を読む。

 菜畠や たばこ吹く間の 雪げ川

 寒いのでこの電車の中の椅子にすわってます。

この電車は反対方向。

 この本は一茶が50歳になって、江戸から信濃に帰郷してからの人生を書いてます。

 

 文化9年。
 7年の遺産相続争いののちに、手に入れた家屋に嫁を迎え65歳に吹雪の中で死ぬまでの人生。

 

 作者のマブソン青眼さんはフランス人なのに、パリ大学大学院で日本文学を学び、早稲田大学大学院の博士課程で教育学を学び、日本語も巧みのようで、この本は読みやすかったです。

 

 自分も一児の親(奥さんは日本人で長野の須坂のひと)で、一茶の子を思う気持ちや、自分の兄が子供も6歳でなくしたことで、子を失う親の辛さを理解しようとしている。

 

 一茶は子を4人失い、若い妻を失い、離婚も経験し、連れ子のいる若い妻をめとり、妻子を残して死ぬ。

 

 人間の体験する苦しみを生まれながらに背負った一茶は、3歳で実の母を失い、継母にはいじめられて、江戸から帰るときも、吹雪の中を父の家を通り過ぎて、母の実家まで歩いた程、辛い思いをした。

 

 しかし、俳諧の世界で農家育ちと軽んじられても、実力があり、全国的にはひなびた一茶の句風は評価されていたとい。

 

 そして、郷里にかえって、結婚や子の誕生の喜びや死の悲しみを重ねる度に、心のあり方が広く控えめで優しくなったようだ。

 

 痩せがえる 負けるな一茶 ここにあり

 

 等の句も実生活の体験に裏打ちされた悲しい感情移入があり、俳人一茶の心の旅を深めていったようだ。

 

 50代でも、江戸まで一日40キロくらい歩いて行けたようだ。

 

 一茶のサポーターの江戸の裕福な後ろ楯も失う頃に、信濃での生活が始まった。

 

 若い嫁が死に、弱い幼子に乳母として給金をもらっていた農家の女が実は水をやっていて栄養失調で亡くしたり、いつの世にもとんでもないひとがいるものだと、子供をなくした一茶の怒りがこちらも悔しい。

 

 エコロジストと言うのは一茶に限らず、当時の江戸文化の生活者がみなこうだったのであろう。

 

 でも、俳句の本と言うだけより、エコロジストとかいてある方が本を取りやすいけれど。

 

☆花の影 寝まじ未来が 恐ろしき

 

時世の句

 

 耕さずして喰らい
織らずして着る体たらく。
今まで罰のあたらぬのも 不思議なり。

 

 自分で耕し自分で織る百姓への敬愛。
 風流人としての罪悪感。

Tags: via ljapp
Subscribe
  • Post a new comment

    Error

    default userpic
    When you submit the form an invisible reCAPTCHA check will be performed.
    You must follow the Privacy Policy and Google Terms of use.
  • 0 comments