Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

「悩む力」を読む。


姜さんの「心」を読んだあとだからか、息子さんが25歳でなくなったあとに書かれた本で漱石やウェーバーの考え方の近代の自我が孤独を産み生きがたくなっている流れが書いてあり、愛や友情などに真面目に関わることで悩む力を深くすると言うことか。

 

 読後感は爽やかではない。

 

 在日であることや、母親や父親の辛酸や、息子の死に対して何かに批判したかったのか。

 

 姜さんは当然苦しみ、東大教授の地位を捨てキリスト教の大学に移る。

 

 背が高くハンサムで(実物は写真以上とか)、私学の大学を出て東大教授となり、穏やかな冷静な口調で「朝までテレビ」とかの討論で非常に印象深かった。

 

 在日の多くの人にって救世主のような存在にも見えた。

 

 しかし、作家の高史明さんと言う人がやはり日本人との結婚で生んだ12歳の少年が自殺して、「親鸞塾」というので講演されたのを、聴いて、この民族の混血と言うのは感受性のある子供には大きな十字架なのであろうと思った。

 

 「心」で、東北震災の被災地に訪ねた姜さんは、同じように理不尽な家族の喪失を得た人々と哀しみを分かち合いたかったのかもしれない。

 

☆私たち人類は、未だ博愛主義からも隣人愛からも遠く、実際に差別もあり、格差もあるのだ。

 

 私たちも誰もが、平和で幸せに生きることを望んでいるはずなのに、現実に憎悪も嫉妬もあり、一人の力では背負いきれない十字架を背負って生まれてきてしまった子に、私が親でなくても、なにか大きな社会のあり方が間違っていると怒りが生まれる。

 

 立派すぎる父親。社会的に活躍して輝いている父親。子供は家庭内暴力をしたと言うが、子供もやりきれなかったに違いない。

 

 私の知っている大学教授の子供の自死後、その両親は教会に通うことになった。

 

 子供は母親の勝ち気さや虚栄心を嘲ってたが、その墓の前で父親は「絵の道になんか行かさなければ良かった。他の同級生はどう暮らしてますか?」と訪ね、「ごく平凡に暮らしてます。」と答えられ沈黙したと言う。

 

 府立第一高女を首席で卒業した母親は、娘の定期券を使ったのが見つかってずいぶん罰金を支払ったとも娘から聞いたことがある。

 

 私もこの親なので他人事でない。

 

 過酷な自死と言うのは、親が「どこか間違っていたか?」という問いかけに答えがあるのかどうか、私にはわからない。

 

 子供のなかにはどんなにいい親であっても、救われない子がいると思う。

 

 神は姜さんなら耐えられると思ったのかもしれない。

 

Tags: via ljapp
Subscribe
  • Post a new comment

    Error

    default userpic
    When you submit the form an invisible reCAPTCHA check will be performed.
    You must follow the Privacy Policy and Google Terms of use.
  • 0 comments