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「君と歩く世界」

☆プログラムより

 

 オスカー女優マリオン-コティヤールと名匠ジャック-オディアール。

 

 両脚を事故で失った女性の再生と希望の物語。

 舞台は南フランスのアンティーブ。

 

 マリンランドのシャチの調教師のステファニー。

 


 元ナイトクラブの用心棒で夜警の仕事をしているシングルファーザーのアリ。

☆やはり、フランス映画なのだ。

 

 愛、貧困層の暮らしの危うさ、美女、シングルファーザー、路上ボクシング試合、賭け、子供の生死を問う事故。

 

 私もWWEの大ファンであるので、格闘技の強い男の単純さに惹かれる。

 

 いざというときはインテリ哲学者より、頼りになるのだ。

 

 美しい女性はいつも男性に言い寄られるのだが、ステファニーは「弄んでいた。上部だけの女だったのよ。」と事故に遭った後に語る。

 

 男性も女とはセックスフレンドよして、情感抜きで関わり、ステファニーには「オペ」と言うのだ。

 

 それは事故でいきる希望を失った彼女の再生のための手術というように。

 

 しかし、男性は自分の5歳の子供が事故で生命が危ういときに、ステファニーの求めている、互いに大切にしあう関係が必要なものだと知る。

 

 この映画は男性の腕力で賭けボクシングに誘うものがいて、男の強さや人間のつかの間の娯楽のような賭けボクシングに出場することと、堅気に生きて彼の子供を世話してくれる姉が賞味期限切れのヨーグルトを貧しい彼や甥のためにスーパーから持ってきたことでスーパーを首になったことも同時に語る。

 

 完全美から両脚欠損に。
 夜警からボクサーの勝利者に。

 

 子供は遊んでいた犬が保健所の車に連れていかれるのを見て全身全霊で嘆く。

 

 この世はどこか可笑しいのだ。

 

 生命が蔑ろにされ、何もかも確実に保証されてはいない。

 

 女優はエディット-ピアフのときも素晴らしかったが、この映画には必要であろうセックスシーンでも両脚がないので(コンピューターグラフィック処理で作られた映像)妙になるほどと思ってしまう。

 

 さすがフランスと言うのか、生きるにはセックスが満たされることも重要だとあからさまだ。

 

 そして、障害者に同情的な態度をした普通の男は、ステファニーに殴られ謗られる。同情はプライドを傷つける。

 

 その辺はアリは素朴なのだ。「どうすればいいのだ?」と訊く。

 

☆☆☆
それを、神というか辻褄というかはともかく、ステファニーはどうして美しく衆望の的のマリンランドの花形だった自分が、障害者となり周囲の好奇にさらされることになったのか、気がついているようだった。

 

「言い寄る男はたくさんいて、そんな風に仕向けて、その気にさせることが面白かったの。その気になると興味がないの。」と言う。

 

 宇宙のしっぺ返しとでも言うのか。

 

 見事なのはアリが女性を再起させるためにかなり厳しい仕事を依頼することだ。

 

 そして勝ち気なシャチ調教師だった彼女は、生き生きとその大役を引き受ける。

 

 アリは無意識に成熟しているのだろう。

 

 そして、5歳の子供もすごい。

 

「痛いの?」
「痛くない。」

 

 義足を見せてくれたステファニーに、そう訊くだけ。

 

 監督も男気のある男なのであろう。

 

 人間は強いのだなあ。

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