Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

p.237
光悦が美術工芸の熟練職人たちを住まわせ、いわゆる「芸術村」とも「光悦村」とも称されるような繁栄になったのは、光悦の組織力、企画性が優れたことによる。

 

 ただし、光悦と天心との違いは、光悦はもともと富豪であり、その鷹峰の地所も家康から与えられるなど幕府の庇護をうけた上、その友人には公卿、大名、高禄の武士、僧侶などがあり、その分限者階級たるスポンサーにかけるところがないなど、体制側に密着していたのに対し、天心は文部省に排そされる「反官制派」だった。自身にカネがなく、資金供給のスポンサーなく、しかも光悦の経済的余裕ある弟子と違って、院生画家らはいずれも貧乏で、天心自身が色々と工面してその生活をみてやらねばならなかった。

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