Ruiico (ruiico) wrote,
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今日の予定!

今、届いたビデオは夜観る。

☆一茶夏祭りがあって、午後からイヴェントが軒並みだらけなのだけど、夕方から獅子舞が揃って太鼓打ちがあったり、花火大会が夜にあるので、それまでは部屋の片付けとプラスティックごみをロッジにだしに行ったりするつもり。

 

☆娘は留守の間にスカートを仕立てあげ、長野まで出て布地や洋裁の本を買って来て、今もミシン-ワーク中。

 

 親として才能溢れる娘にアート学校への道を封じたのは正しかったのかと思うことがあるが、あいちトリエンナーレにいって、やはりこの道に行かせなくてよかったと思う。

 

 この期間中のインスタレーションのあとに、どうなるのかと思うと自分も創っているのでさらに、ゾッとする。

 

☆昨日、長者町の繊維問屋を歩くとこの業界も厳しそうだ。

 

 母は名古屋の金城学院というお嬢様大学の家政科を出たのでミシン-ワークや刺繍ワークなど日常的にしていたし、時代もともなってお菓子など手作りだった。

 

 母の姉は同じ金城の英文科出身で、名古屋領事館から東京虎ノ門のアメリカ大使館に定年まで奉職し、ある日私が探してきた自由が丘の独身女子専用マンションで孤独死していた。

 

 アメリカ好きで毎日、英字新聞を取っていた祖父の自慢の娘であったが、四十代のときは祖父のマインドコントロールで独身キャリア-ウーマンの道を選んだことを怨んでいたという、女子の独身が厳しい時代だったのだ。

 

 私の妹も独身で博士号までとり大学教授をして高収入をとっているものの、ぬくぬくと夫の加護の下でアートをやっている私を許せないほど憎いらしい。

 

☆人間はかわるのだ。
 人間はいつまでも若く健康ではないし、時代も自分が思うほど評価してくれるわけではない。

 

☆今回、訪問した岡崎も英字新聞を読んでいた母方の父の郷里で、向かえに尾崎士郎が住んでいたと言う。父の親は七つの倉を画家をやっていたために潰したと言う。

 

 それで、私の母は「絵描きは穀潰し」と決めつけて、卒業以来1円もくれなかったわけ。

 

☆父方の祖父は名古屋の広小路で呉服問屋をしていて、大黒さまを当時家を買える値段で買ってから、運が向いて羽振りが良くなって、50くらいで隠居をして箱根で株をやっていた。

 

 父方の祖母はお寺の娘で親族の多くは僧侶で、医師も多く系図好きな父のいとこが本を出しているのだが織田家に繋がる。源頼朝が京にいくときも家の土地を通過しないといけなかったようで、その手紙も残っていると言う。

 

 だからかどうか、この近辺の地に居るときは妙にリラックスしている。

 

☆であるから、娘がミシンに楽しみだしたのはルーツ的に当然かも。

 

 大学教授の道の方は私の妹を観て「ああはなりたくない。」とやめて、「ママみたいになりたい。」と言い出している。

 

 「ママはそれなりに、有能でなくては成れず、あなた思っているよりは大変ですけど。」と言うのですが。

 

 「ま、好きにしたらいいわよ。」と言うのが私たち夫婦の考え方で、今は家事手伝い。

 

 家事手伝いも極めると有力でゴミの出しかたから、冷蔵庫の片付けまで機能的にやる。

 

☆私もミシン-ワークはアートの可能性を広げる気がしてミシンはいい買い物だったと思う。

 

☆さあ、プラスティック分別ごみを出しにロッジまでいきましょう!

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