Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

栖鳳のビデオを美術館で観る!今日の学び。

1900 パリ万博に閲覧に行く。36歳。ベルギーの動物園でライオンを観る。帰国後37歳で描いた金獅。斑猫。代表作。実際の猫では不可能な動作。実物よりも実物らしく。

 京都、東本願寺の依頼で天女を描くためにヨーロッパで見たように裸婦を使い、鏡で天井に映した。

京都の自分で建てた別荘。

からす。

☆東の大観、西の栖鳳とのことだが。
 栖鳳の名を知ったのは上村松園の伝記。

 

 栖鳳は大変恵まれた人だ。若いうちから評価され、実家は料亭だというから経済的にも困らなかった育ちだ。それでも、若いときは高島屋で給料を貰って、デザイン画のようなこともしていた。
 
  1900年のパリ万博には夏目漱石にも行ったようだが、あの当時で17国も美術館を回れたのは類希なる幸福ものだ。画家の36歳はとても大事だ。

 

 しかも、男気のようなものがあり、最近見つかった若い娘の働く姿の軸を観ても、人として本当に尊いものを知っていたのだと思う。

 

 彼は天才というか屏風などに対比する静と動とか、シンプルと複雑とか西洋の写実に墨絵の速度のあるシンプルさ簡略の筆を重ね、うまいと思う。

 

 完成度は若いときから高く、多くの京都画壇の画家を育てたそうだから、心も大きい人だったと思われる。

 

 第一回の文化勲章受賞者。

 

 晩年はより日本画的になっている。

 

 若いときは多様な絵の宗派を取り入れて批判もあったという。

 

 やはり、強い人なのだろう。

 

☆今日は朝からオリンピックのニュースばかりで、主人がチャンネルを回して「日曜美術館」にしたのだが、「栖鳳」の案内だったので出掛けるのを観てからにしたのだった。

 

☆竹橋の後に六本木に出てアメリカのポップアートとドイツの写真家の展示を新国立美術館で観たのだが、それぞれに新しい試みと日常生活への洞察があって、アートというもののアート足る所以に心良かった。

 

☆9月8日は聖母マリアの誕生日で祝日であるので、やや豪華なランチをいただきながら恵みに感謝していたのだが、帰ってからよく見る「銀座のうぐいす」というblogで夜の「日曜美術館」で「神田日勝」という作家の作品が紹介されてとても良かったということだった。北海道で33歳で亡くなった中卒の普段は牛や馬の世話をしている農家で働いている人であるという。兄は芸大の油彩を出て神田一明と言うのだが、弟のようには評価されてない。しかし、兄は教育者として教授までなっている。弟は公立の立派な美術館をたてられ、兄の方は私立の個人美術館である。

 

 親の後を継ぐべく兄が芸大に行き、弟は諦めて親の仕事をついで中卒で働いた。

 

 兄に贖罪の気持ちが働いたのかもしれない。

 

☆個人的に、田中一村(いっそん)の「賃金はできるだけ安い方が良い。」という考えに同意するものである。彼は芸大を中退し画壇から弾き出され、奄美で染色の色だしのアルバイトをしてお金を作り絵を描いていた人だ。彼は「良心」と言うのが、彼の制作の基本である。

 

 これは本能かもしれない。
あぶく銭や不当な高収入は心を堕落させるのだ。そう言うことが体でわかっているひとが本物の絵を描くのだと思う。得等してはいけないのだ。

 

☆今日は色々なアートをたっぷり観れて本当に良い日だった。

 

 図録は「栖鳳」は買わなかったけれど、六本木の2つの展覧会のを買ったので、一冊3500円もしたのでずいぶん散財してしまうことになった。

 

 帰りは雨がひどいどしゃ降りで、バスに乗って来る人たちもびしょ濡れだった。

 

 図録は長野に明日送ろうと思う。

 

 アートと言うのはでたらめなようでも、実は厳しい真実の道理に営なわれている。

 

 誰かを犠牲にしてはいけないのだ。

 

 中卒の人であろうとも心が正しければ普遍のアートが描け、認められる。

 

 まだまだ、世の中は捨てたものではないのだと安心。

 


</p>
Tags: via ljapp
Subscribe
  • Post a new comment

    Error

    default userpic
    When you submit the form an invisible reCAPTCHA check will be performed.
    You must follow the Privacy Policy and Google Terms of use.
  • 0 comments