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平沢貞通氏の非凡な人生。

☆平沢氏の奥さんは高校を首席で出た才媛で二人の結婚は小樽新聞の記事になった。

 

☆横山大観の弟子となるが、その教えが素晴らしい!

 

雪舟の長巻の模写をさせるが、1回目はまだ見るのが足りないと言う。2度目は4,5日観たのはわかるが、未だ観るのが足りないと言う。3度目には雪舟の心が乗り移り、客観的には雪舟の模写としては似てもつかないものだったが、大観は誉めたと言う。
大観は「平沢は天才だ。」と言っていた。

 

☆関東大震災で決まっていたイタリア留学がダメになった。

 

☆1925年、大正14年の33歳の時に狂犬病のワクチンによって、コルサコフ病になる。精神と肉体の作用によって2,3年絵が描けなくなる。

 

カルルス温泉湯で治療。

 

 全盛期の写真。
 顔立ちのい方だ。
☆テンペラ画を描く。

☆指圧療法を学ぶ。(昭和7年)
 絵の仕事からの収入が減り、指圧で人を癒すことに才能があり、迷うが最終的に絵を描く道のため生活費を縮小して暮らす。

 

☆妻が病気になる。
☆フレスコ画を描く。(42歳)
☆1940年、
小樽美術館収納。48歳。

☆1941年、真珠湾攻撃。49歳。

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