Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
ruiico

ずいぶん、絵が消えた。


 平沢貞通氏の無実の証拠が死後、次々出てきて、支援する会もますます広がったが、養子の平沢武彦氏が絵を集め始めると、国家が没収して返してくれない絵や持っていた人も殺人犯だと信じて処分したものが多く写真弟子か残ってないものが多い。

 平沢武彦氏は作家の大森氏の一人息子であったが、平沢氏の妻が亡くなったときに平沢氏が生きる希望を失いかけたときに、息子である本人が父母に申し出て、平沢氏は元気が出てきたのである。

☆それにしても、なぜ大変立派な画家とその家族が、誰かの利益のために殺人犯にされ画家の総仕上げの年齢の56歳のときから95歳まで牢中に閉じ込められなければならなかったのだろうか?

1948年。1月28日。
東京豊島区帝国東京銀行椎名町支店で毒物をワクチンと称し飲まされた銀行員たちが死亡した事件。犯人は白衣でマスクとはいえ、生き残った銀行員たちが「この人ではない。」と言っているのに殺人犯にされ、8月22日に自宅で絵を描いている間に逮捕された。

こんなことがあるのか?

☆私は個人美術館ができればいいと思っている。

平沢貞通氏は何かのために人柱になったのであった。

それは国家権力を超える尊いものの為に。

国家はこのように罪深いことをするのか?

そして、神に選ばれたかのように優秀な見事な家族たち。

平沢武彦氏はどうしてここまで真実のために頑張れるのだろう?

真実はもっとも尊い。

真理は普遍のものだ。

皮肉にも、横山大観が色褪せて見える。栖鳳だったら、「知らない。弟子ではない。」と言っただろうか?

しかしながら、獄中は絵描きにとって環境の良いところではない。平沢氏の最高傑作は牢中で描かれたものではない。

しかし、平沢武彦氏は獄中で描いた富士を横山大観に勝ると言いきる。彼は絵の好きな人なのだ。
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