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わたしはマララ。その3.「9.11の震源地に住む」

☆マララのお父さんは貧しかったが、大学にいった。そして、パキスタンの子供たちには、教育が必要だと貧しさや周りの無理解や役所の法外な賄賂に打ちのめされながらも、学校を作った。

 

☆マララのお父さんは、色黒で背が低く劣等感があったが、色白の美人のお母さんに愛されて、自信をもち大変エネルギーを得たそうだ。

女のひとのちからは偉大ね。

 

☆マララは大変なお父さん子である。
このパキスタンでは、男の子が生まれなくては、お祝いしなかったが、マララのお父さんは男の子と同じように、誕生を祝った。

 

彼女の名前はパキスタンのジャンヌ ダルクと同じなのだ。

 

 

☆マララのお母さんは学校に通ったが、女の子は一人しかいなかったので、1年でやめた。結婚してからお父さんの送ってくれた詩が読めなくて、学校をやめたことを後悔したと言う。

 


9.11が起きる。
4歳のときのマララは、自分達の国がこの事件のあとで、壊れていくことになるのは、想像もつかなかった。

☆ムシャラフ大統領は、パキスタンはアメリカに協力するしかない、と国民に説明した。 「アメリカに協力しなければ、パキスタンをテロ国家と見なす」とか、アメリカに反対の立場をとるなら、「爆撃で石器時代に逆戻りさせてやる」と脅かされた、というのだ。 ☆敬虔なイスラム教徒は、ウサマ ビン ラディンを英雄だと思っていた。 ☆マララの神様への手紙。
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