Ruiico (ruiico) wrote,
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捏造。

全日展の知事賞が3年前から16県分を捏造されていたとか。

 

理研女の論文に捏造があったとがなかったとか。

 

☆世の中が不正直と凄まじい嫉妬で穏やかでない。

 

☆若い女性への嫉妬は凄まじいものがある。

 

私が27歳の時に「易かるた」を考案し、出版したときも、「お父さんが考えたんではないか?」とか、「日本経済新聞の文化欄には自分が記載されるべきだ!」と、60歳過ぎた見ず知らずの男性が個展会場にやってきでぐちぐち、ねちねちと嫌がらせをする。

 

私の両親が個展に来たのは、アメリカから帰ってきて銀座教会で個展をしたときで、55歳の頃である。

 

それまでは、1円も応援しをしてくれたこともないし、私の制作など興味もなかったのだと思う。

 

父の友人、母の友人にも絵を買ってもらった事もなく、主人の知り合いもせいぜい絵本くらいなりゆきで、かってもらったくらいで、殆ど甘えないタイプ。

 

☆私が20くらいのときに、よく注意されたのは、「殺されるよ。」ということだった。

 

「若い女の子が脚光を浴びれば、妬みで潰される。自分より上手い絵を描く人間は殺される。」と言うのだ。

 

「私程度が?たかがお絵かきじゃない!」と私には信じられないアドバイスだった。

 

☆しかし、今、振り替えると「殺されかけた」事件がたくさんあった。

 

その1.
いきなり、名古屋からやってきて、家に来て玄関で殴る蹴るの同級生。

 

25.6の頃か。

 

その2.
  毎日のようにあった女子美術と芸大の学生からの無心。

 

親からは月5000円しかもらってなかったので、アルバイトに明け暮れていたが、「いじめ」だったと思うのはこの頃のことで、当時は、神の与える試練と受けとり、嫌と思ったことはなく、神への信頼に美しくお応えしていたのである。

 

その3.
卒業してからも、タダ働きさせられることも多かったが、夢に向かってまっしぐらに日々頑張ってきたのだが、見ず知らずの男女の画業者から「働け。」と頼みもしないのに、水商売に働かせされそうになったり、体をさわられたり、セクハラが仕事に絡んできて、絶望で「この道には神はいないのか?」と思う日々。

 

その4.
出版社長が勝手に住所と電話番号をどういうわけか精神病者、障害者、大学生たちに教え、日々、卑猥な電話と押し掛けに悩まされる。パリまで付いてきて病気になったときにアパートを乗っ取ったものも。

 

その5.
  「家賃が払えない」「お小遣いがほしい。」「るいこをタダ働きさせて、老後は左うちわで暮らす」と言う60歳と70歳のカトリックの聖職者男女。

 

その6.
「おめえ。」とギャラリーの階段から突き落とされかかる。同じ年齢の画家から。

 

その7.
ギャラリーから「絵を買え。」と、凄まれること多数。

 

その8.
嘘八百を流布される。
大学の主任教授から「トルコ、トルコ。」と言われて、なんの意味かはわからなかったが、「ソープ嬢。」と言う意味だったようだ。

 

その9.
呼び出して、有り金残らず取り上げられる。

 

その10.
婦女暴行をしかける。

 

その11.
作ったものを乗っ取られる。

 


 

☆☆☆
これが「殺す」と言うことだったのだと、今はわかる。

 

その動機も。

 

女性アーティストなら多かれ少なかれ体験していることだろう。

 

「まだ、生きているのか。」と憎々しく、言われることも。

 

☆☆☆
66歳の年月はありがたい。

 

今なら、セクハラ、恐喝、名誉毀損で警察に訴えることも普通になったが。

 

その頃は、ただ神によりすがり、信仰によって生きるだけで精一杯だった。

 

ところが、因果応報というのか?奇跡?と言うのか。

 

神の摂理が実に正しく働いて、加害者たちの有るものは懺悔し、滅び、その罪にふさわしい結果を私に見せてくれたのだ。

 

そして、福音通りの運びとなった。

 

主の栄光を讃えると言うのか、捏造したものは消えた。

 

☆若い理研女の論文が嫉妬のため、陥れられたのか、本当に捏造したのかは神は知っている。

 

私はそれで充分だと思うのだ。

 

☆私に暴力を振るったものも、お金を奪った者も、神から直に叱られたらしい。

 

「軽蔑しないで。」と電話をかけてきたし、

 

「お小遣いをくれてもいいよ。」と20万円せしめた神父も、目が合うとぶるぶると全身で震えていたが、結婚式の御ミサは全身全霊であげてくれたのだった。

 

  母が、「いい結婚式だったねえ。神父様も乗っていたものねえ。」と言っていたのを昨日、思い出したのだ。

 

  彼は告解し、善き司式をあげると言うことで救いを得たのだった。

 

私はその事実を父にも、母にも、主人にも、姑にも言わなかったがそれで良かったのだった。

 

もちろん、司式お礼はちゃんとしていての話である。

 

☆騒いで、犯罪者にするよりも、神を信頼して時の流れに任す忍耐が皆が救われる。

 


☆☆仙台の教会で買った聖家族。
バチカンから枢機卿たちがきて東北震災のため基金と祈りを捧げてくれたのだ。

上はミレーの描いた聖母マリア。
貴族的に描かれてなく、田舎臭いので評判が悪かったと言うが、大工の奥さんのマリア様だもの、素朴さがいいと思いますが。さらに

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