Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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切ったり貼ったりダメに決まってるじゃない!

今週の週刊文春から、


☆小保方晴子さんの研究には杜撰さが目立ち、捏造疑惑まである。

 

☆私が昨年の暮れだったでしょうか?
自分の絵本の「宇津保物語」絵本を、知らぬ間に公の席で、私の書いた文章を切ったり貼ったりして朗読されたのがわかり弁護士を立てて、謝罪要求をしたことがありました。

 

引用した本の著作者や題名すら、紹介されることなくです。

 

著作権は文化度のバロメーターと言われます。知的財産なのですよ。

 

☆この時、残念ながら感じたのは引用した側の野心のようなものでした。

 

7世紀に書かれた作者不詳のこの本は、竹取物語の後で、源氏物語より前に書かれ、紫式部の愛読書だったものです。

 

私が35歳で結婚した時に、引出物としてお配りした「聖母子」画をシルクスクリーンにしたミニ色紙サイズの絵を飾って下さった某教授が、ご友人を招かれたさいに、その伊東節子博士がニュージーランドのオークランド大学で比較文学の教授をされて「宇津保物語」を講義されていたのでした。

 

女性同士の教授たちはロンドン大学で知り合ったなかで、その方を通して、絵本を出版したいので絵を描いてほしいと言う依頼が来ました。

 

☆英文で伊東節子博士から原文が来ました。私も絵を描く為に原作と口語訳、文語訳のものを数冊読みました。また、奈良の天理に図書館がありそこに絵巻があると言うことで訪ねました。

 

その間、絵の具代金、紙代金、制作費もいただいてませんでしたし、そのお話も出ませんでした。

 

2度位、国際文化交流会館でお茶とシェアしたサンドイッチをご馳走されたことがあり、1度、江戸川橋で並みの鰻をご馳走されたこともありました。年齢が20以上うえ
と思われたので、割り勘は申し出ませんでした。

☆こんな細かいことをなぜ書くかというと、研究者の経済感覚というのがよくわからないからなんです。  この時に、伊東節子博士は英訳の宇津保物語絵本を出すということで、印税を折半ということが報酬なのでした。  その頃、娘が生まれて半年くらいだったでしょうか?  私は、宇津保物語の絵をパリで描いたような記憶なのです。記憶では、千代紙の枚数が限られていて私のコラージュでは非常に色数が少ないのです。そして、パリの古典の時に原画展をしたのでした。伊東節子博士はそれを大変喜んでくれて、ニュー時ランドから祝電を送ってくださいました。この時に、英語の伊東博士の文をフランス語訳にしました。  しかし、その前にインターナショナル講談社に出版を持ち掛けて断られたという話を聞いた記憶もありました。  そのまま、出版されることなく忘れられていました。 ☆アメリカに行って帰国した2002年頃にボランティアIAVE団体からグリーティングカードが出ることになりました。それで、いろいろな絵は見たいということで持って行った1部のがその宇津保の絵でした。宇津保の絵からカードが1枚できたのですが、その時に絵を見た方が絵本にしたらいいではないかといったのでした。 ☆その時に日本で出すので和訳も必要遠いことで、自分で英訳の直訳でない日本語で文章を書いたのでした。 ☆絵本はたまたま、草間彌生さんの本を数冊買った際に、美術館でしたが、そこで売られてないのもあって注文を数冊した際に社長から手紙が来ていつかお会いしましょうということで、個展にも来てくださったので、ここから出版することに決めたのでした。  この時に、自分の都合だったのでこちらから出版費用を出したい旨を伝えたのです。それで、印税を戴かなかったし、むしろ出資したので伊東博士にも半額の請求をしない代わりに、印税もお渡ししませんでした。しかし数冊ほど本をお贈りしました。  また、絵が本にするには足りないということで、アメリカでご縁があって墨絵を1年ほど教えていたので、墨絵を10枚ほど描いて先の和紙のコラージュに足したのでした。  もちろん絵本には伊東博士との出会いや絵を描くいきさつなどと同時に伊東博士の紹介もそのまま書きました。 ☆この日本語の文章を断りなく、切ったり貼ったりされて朗読されたのでした。 ☆この朗読の前に、宇津保物語の中に出てくる7弦の琴が中国でユネスコの世界遺産にされた事実があります。  この琴の中国人の奏者から、彼女の50歳の誕生日に芝のプリンスホテルのレストランで琴の演奏パーティをしたいので、写真集を出すので新しく琴にちなんだ絵の依頼と写真集の出費依頼があり、私はあまり派手なことが好きでないのと、琴と書と絵をセットで100万円で売るということで、そのような金持ちの知人がいないのでその話には乗れないと、半年以上前に断わっています。   ☆それが、朗読者からの報告で「宇津保物語」の演奏があると教えられたので会場まで駆けつけた時に、他の絵描きによって描かれて展示してある部屋(無料)に入った際に、写真を撮ってもいないのに(携帯を忘れていたので撮影もできるわけもなく)厳しく撮影中止を言い渡され、排除される雰囲気で、会場で私の絵本の文章が切ったり貼ったりしてあらすじとして紹介されたので、かなり長文読まれたのです。不思議に本の紹介も作者の紹介もなく、琴の奏者が「宇津保物語」を知ったのは私の絵本からでしたので、とても驚いたものでした。  また、朗読者の日本人は切ったり貼ったり勝手にすることが悪いことだとは思わなかったようで、長く著作権というものが他者を大切にすることだと説明をしたのでした。 ☆☆☆  私が週刊文春の小保方晴子さんに関する記事を読んで感じたのは、それぞれの野心というものが他者を利用したり、出資させたりして、それが目論見通りにいかなかった場合は、怒りのようなものが生まれ、とんでもないことが起きてしまうということでした。  私自身は「宇津保物語」は素晴らしい物語だと思いましたが、それを出版したいという強い意志はなかったのです。  伊東節子博士は私の絵で本を出されたいと思われたが、実際にどこにどのように動いたかは私は知りませんし、大人の話ですから別に本が出版されなくても大人が納得して描いたので腹も立たなかったし、絵を折角描いたので、パリの古典の時、「宇津保物語」の絵の原画のついでに出展することになったので、百人一種の原画や豆本や易カルタも出したのでした。そして、英語は伊東博士のものがありましたが、フランス語のほうがよりいいと思い用意したのでした。  この個展に関しても、1円たりとも、伊東博士から援助を求めなかったし他人から出資を依頼してもいないのです。  美術館やパリユネスコで働かれてる方に買っていただいたのは百人一首で、宇津保物語の原画はパリで最高といわれる額屋で額を注文し入れていただきましたが、決してバラにして売ったりもしてないのです。  自分の生き方として、せっかく描いたのでどこかで発表しようと思っただけだったのでした。 ☆琴がユネスコの世界遺産になって、私は日本でも他の琴の演奏者がいることやその琴もずいぶん安く販売されていることも知りました。  「宇津保物語」そのものは、作者不詳で7世紀のものなので、著作権もないので誰が自由に訳しても扱ってもいいものなのです。  ですから、この朗読ののちにご本人に親戚に源氏物語の研究者がいらっしゃるそうなので、その方に文章をオリジナルに書いていただいたらいいのではないかと提案したのでした。 ☆「宇津保物語」って、とても美しい本物の芸術の話なんですよ。  芸術のために、お金も地位も捨てて貧乏しながらも、本物の琴の演奏の精進を重ね天の加護で奇跡が起きるお話なんです。  ですから、この物語は美しい心で接しなければならな医師、お金儲けや名誉欲が先に出るような卑しい心では触れないのです。 ☆小保方晴子さんの研究がどこや山っ気や野心のようなものが先にあったら、本物には到達できないでしょう。  世に知られるとか評価されるというのはあくまで結果であって、プロセスにおいては地道な日々の澄んだ心が最も求められると思うのです。 ☆自分も生身の人間ですから、時々、危ない闇に引かれそうになりますが、どこかで「いけない。いけない。」という声がして、本物の仕事をしなければと思うのです。 この普遍的な音楽伝授の物語はとても大事なものが語られている。 それは、見えないものを信じているから長く厳しい試練に耐えた親子、孫3代につながる本物の仕事ができたのでした。 この物語をちゃんと読むと、慎みの物語だとわかるはずです。 ☆このところの日本では、何か本物でないものがもてはやされておかしくなっている。 パフォーマンスや自己顕示欲の強いものや何か派手にお金をかけることが善のように思われている。 それが、ひっかかっていたのでした。  
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