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チャン・イーモウ監督の作品「至福のとき」を観る!

 「映画の成功の半分は脚本に、半分は俳優にかかっている」と語るチャン・イーモウ監督は、この映画のヒロイン、ウー・インを探すためにメディアを通して大規模な公募を行った。 チャン・イーモウの新作がネットと全国9都市の新聞紙上でヒロインを募集するというニュースが伝わったのは2000年5月のこと。そして5万人もの応募者の中から、スタッフは1万名に及ぶ候補者と面接。最終選考に当たったのは監督自身。その結果、大連出身のドン・ジエが見出された。

 1980年4月、遼寧省大連生まれ。6歳からダンスを習っていた彼女は、90年に広州軍区戦士歌舞団のダンサー採用試験を受験。身長が足りなかったために一度は不合格になったものの、試験官たちが際立ったダンス


解説
 孤独な少女が周囲の愛情に触れ、生きる希望を取り戻していく様を描いた感動作。監督は「初恋のきた道」のチャン・イーモウ。脚本は文学界で活躍するグイ・ズ。原作は「紅いコーリャン」の原作でも知られるモー・イエンの短編小説。撮影のホウ・ヨン、音楽のサン・パオ、編集のチャイ・ルーらは、「初恋のきた道」に続くスタッフ。出演は「始皇帝暗殺」のチャオ・ベンシャン、新人のドン・ジエ、「上海ルージュ」のフー・ピアオほか。

あらすじ
 近代化が進む中国の都市、大連。盲目の少女ウー・イン(ドン・ジエ)は、太った継母(ドン・リーファン)と義弟にいじめられながら生きている。ある日、継母に求婚する中年男チャオ(チャオ・ベンシャン)が現われた。“至福旅館"の経営者だというチャオに、継母はウー・インを按摩として働かせるように頼み込む。しかし本当のチャオは工場をリストラされて失業中。何とか結婚したい彼は嘘を隠し、閉鎖中の工場に按摩室を作り、同僚たちに客のふりをしてもらう。仕事をして稼ぐことで、徐々に明るくなっていくウー・イン。チャオも、彼女に娘のような愛情を抱くようになった。チャオと心優しき仲間たちは、ウー・インのために懸命に芝居を続けようとする。だが、ウー・インは彼らの芝居に気づいていた。そして彼らへの感謝の気持ちをテープに録音して残したウー・インは、父親を捜して一人街を力強く歩いていくのだった。

☆中国の貧しい人たちはやはりお金に左右されて心も失いがち。
でも主人公のチャオはリストラされて結婚したいために嘘を言って金持ち風を装って気をきひながらも人間の心を失ってない。そしてリストラされた工場仲間も薄幸の美少女が盲目と孤児同様の継母と継弟に虐められて随分辛い思いもしながらも、本当に大切なものを「至福のとき」と表現する。
 始めは「至福」はラブ・ホテルならぬラブ・バスの使われた言葉で、雑踏の中国の混乱とわいぜつの世界のようでたけしの映画のようかなとも思ったが、実にユーモアと純と現実をたくみに混ぜて活きる希望を語っている。

 私もいつも思うのだが、人間はたった1回の大切なであいが人生の支えになることは多い。
北京オリンピックの口パクの少女についての質問に、監督は「6ヶ月も2人の少女と練習に練習を重ねてきた。眠い子供を起こして練習してきた。僕にはそのどちらかを拒否することpはできない。片方は演技が上手い。片方は歌が上手い。それで両方のいいところを取ったのだ。」と語った。

 チャン・イーモウ監督も原作も素晴らしいのだ。
そして、少女役の細身の体の美しいこと。盲目の薄幸の役だが笑うとかわいい。
☆NHKの討論会
「世界はどこへ、そして日本は?」で日本を良くするために識者がまとめていたが、
多様性を認める。
リアリストになる。
教育,教育、教育。
オープン化。
オバマ型チェンジ。
共感の回復。
差別、戦争、自殺の無い国に。
と言っていたがいちいち同感だ。
この番組は最後のほうを見ただけだが、若者が外国に出ようとせず希望を失っているという。

☆次にビートたけしの「世界の新7不思議」をテレビで観る。
これも世界遺産「モン・サン・ミッシェル」だけしか観なかったが、フランスでモン・トンブと呼ばれていた「死者の山」が1300年前に一人の司教が夢で大天使ミカエルから「あの島の上に教会を建てなさい。」といわれ、あまり信用できなかったが天使がその証拠にと夢であけた穴が夢から覚めても頭に穴が開いていて信じて教会を建てた。その司教の遺骨は本当に頭蓋骨に大きな穴が開いていた。
 そして、その島を訪ねる巡礼が殺到し多くの奇蹟が起きた。
有名な奇蹟には妊婦がモン・サン・ミッシェルに巡礼中に潮が満ちて、困ったが彼女の周りだけ潮が引き無事に渡れたそうだ。

 うん、確かに。
 私も2歳の娘を連れて島から帰り道に娘を抱っこして歩いていたら、祖母、母、娘を乗せタ3人組が車を止めて、「どこに行くの?」「駅に!」「まあ。歩いていかれない和よ。遠いのよ。
私達は駅の隣に住んでいるのでお茶もできるし、お乗りなさい。」といわれ乗せてもらったら、本当に駅のとなりで3時間くらいその家でお茶をした。これも普通の確率ではありえないですよね。男の人なら警戒して乗れないですしね。
その時もミカエル天使様のお助けと思いました。

 それから、イギリスとの戦争の時もその島は護られてミカエル天使がフランスを護っていると信じているようです。この頃は潮が満潮になってもなかなか海の中に島が見えるようにならなくなり、駐車場や堤防を壊し大きな人間だけがわたる橋を作り、ダムを作って島の景観を戻すそうです。

☆それから「養老たけし解剖学者の訪れるアフリカ」を観てました。
人類発生のアフリカ。そしてかつては地球の島はひとつの島だったのですね。
ケニアの山や動物の自然の姿。「自然は逆らうものには厳しく従うものには優しい」というナレーションがありました。
ダイアモンド鉱山発掘の南アフリカのキンバリー。人間の欲望は地面を掘るのですね。
インド洋のマダカスカル島の化石も見せてました。養老博士は「アンモナイトの皹が人骨の皹に似ている。」とおっしゃっていました。

 最初はひとつの島、大陸だったのに別れていくつかの大陸になったというのは凄いですね。
もともと人類はひとつだったんですね。
そして皆、血が繋がっているのでしょう。
ケニア人の父を持つオバマ大統領がアメリカに生まれるというのは神の仕組みとしか思えない。そして、長い悲惨な歴史も必要な経験だったのでしょう。

☆私は夕食後に急に眠くなり、着替えてベッドで寝て10時頃起きてきたのです。
やはり暮れからの疲れと日頃家にいない主人は家にいるので疲れがたまっていたのでしょう。

 でも、「至福のとき」を観て蘇りました。
 映画にはそんな力があるのですね。
 チャン・ウーモウ監督のおとこっぶりに改めて惹かれました。
 彼こそ中国の欠点も中国の病根も見て、皆が立ち上がるために使命を得て作っているに違いありません。
彼が「私は私の映画が一番とかは思いません。私が一番優れている監督とも思いません。でも、私ほど勤勉な監督はいないでしょう。」と言いました。
素晴らしいですね。

 NHKの討論会でも安藤忠雄のビデオが出ていて「私は世界33カ国で仕事をしてきた。外国で仕事をするのは大変だけど、日本の文化は素晴らしいものを持っている。日本を極めることが大事だ。」と言いました。
 手塚さんの鉄腕アトムがアメリカで作られることになり、アトム・ボーイがアメリカ風になってモデルが作られ日本側が主張して原型に近いものに改良されたとか。

☆世界を学ぶことは本当に大変です。
 でも、意識していれば映画や本や美術館で機会があるし、旅行も行きやすい。
 又、リアリストとなるのは経験です。
 何でもしたことは力になる。失敗すればできないことがわかる。
 現実は「至福のとき」の映画のように決して美しくはない。継母が血のつながらない娘をやっかいものにするのも分からないことも無い。又、助けてあげたくても貧しい仲間はお金の援助をして少女を救うことはできなかった。少女はこの経験を胸に活きていくとテープに吹き込んだが、現実の本当のお父さんは少女のことなど頭に無い。盲目の少女がお金を稼いで手術をするだけの稼ぎが出来るかどうか?
政治はリアリストでなくてはならないと思う。
 教育の格差がいわれている。現実に貧しい子供が日本では上の学校に行けないという。
アメリカでは貧しい子供が優秀だったので私学で小学校4年生から100%奨学金で学んでいるのを知っている。金持ちの同級生の父兄が皆で出し合っていたが、不服を言う人はだれもいなかった。金持ちが誇りで出せばいいと思う。
 オーピン化は大切だ。何をしているか?何をして協力できるか?すぐわかるもの。
 差別・戦争・自殺は世の悪さの象徴だ。誰でも愛す訓練のようなものを皆がするべきなのだ。教育者だけでなく出会う人すべてが差別しない社会を作ること。
それは多様化を受け入れオバマ風チェンジに繋がるであろう。
 共感の回復にはわかりやすい言葉でわかりやすい行動で伝える努力をするべきだ。
共感したらすぐ行動するような口だけ出ない社会をつくるべきだ。それはオバマのインターネットの5ドル10ドルの寄付集めにも現れた。

 ※反論と言うわけではないけれど、教育というのはいつでも求めれば求められるものではないかしら?
お金が無くても貯めてからでも、大学に行く人はいる。定年退職してからでも。
そして、経験から親が出してくれる授業料よりも自分で稼いだ授業料のが良く学ぶ。
私の敬愛するチャン・イーモウ監督も若い時は下放と工場勤務で10年も別の体験をしていた。
でも、彼の映画を観るとそういう境遇の人の気持ちを汲み取って深みが増したと思う。
彼は28歳で美術学校で映画を学んだが、本当は年齢制限で入れなかったそうだ。
格差とか差別と言うのは本当にデリケートな問題だ。
美貌とか秀才とか天才は本当にいるもの。そして惚れ惚れとした存在の心地よさは有る。
貧乏だけでよい学校に行けない人をホローするなら、容姿の悪さで仮に結婚できない人の面倒もみるべきなのだ。秋葉青年は「ぼくのように容姿の悪い人間はいきてはいけない。」と言っていたのだから。
人間は何か欠けている。優秀でも親に死なれた子供。頭が悪くても愛されている子供の幸福もある。
だから、自分的には教育の重点に愛情のようなものを重視したらと思う。愛する教育とでもいうのかしら?
学歴というのとは別なのだけど割りと教育を受けてない苦労人のほうが人間としての成熟があったりする。どんなに名門をでていても品格の悪いのもいる。教育も重視するとそこからはみ出ると地獄なのではないかしら?どうしても教育制度にあわないタイプの頭脳ってありますから。
☆私の知人達は実に素晴らしく行動的だ。
 本当にやるべきことをしている。
 病人がいれば病人の世話を。貧しい人がいればお金を作り渡す。
 ハンデのある人たちの良さを大事にし皆に気付かせてくれる。
 自殺?皆、失敗しているのよ。それでも生きてるのは恥ではなくて人生には生きるに値する宝があるから。受け止めて支えあい、そしてできることをしたらいい。

 今日のテレビは天使が効率よくチャネル操作をしてくれたようで1編のストーリになってました。

 世界が元に戻りひとつになれますように!
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