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「グリム童話の魔女たち」を読み終える。

 

他にも池田香代子著の本があるうおうだ。

☆子供の頃からグリム童話は大好きだった。アンデルセン童話も好きだったが、グリム童話は残酷で民話を集められたもので、理想的な美しい物語のアンデルセンに比べ、民衆伝承のグリム童話はそれとも別の人間の真実を語られていると思う。

 

今、最後の方に、魔女の娘が不細工で誰も言い寄らなかったと言う物語が紹介される。

 

  不細工の娘の親はその不憫さにどうしても美しく王子たちが競って言い寄る姫に復讐したくなるものだ。妬まずにはいられない悲しさ。作者である西村佑子は魔女に同情的に無理もないと言う。

 

☆私もいつも思う。
神様はなんと酷いことを人間になさるのだろう。

 

物語は分かりやすく、性格が悪い=ブス
=悪い行い=不幸な結末。

 

優しくおだやか=美女=善良な行い=幸せな結末でできている。

 

グリム童話のなかでは、意地悪な娘に何のれんびんもなければ理解もない。

 

それは、現実の世界そのものだが、キリスト教の聖人たちは、醜いもの、誰からも疎んじられている弱者へ手をさしのべることで、愛の聖変化の奇跡を称える。

 

民衆は過酷な貧しい暮らしで、醜いものや弱いものに思いやりを見せるゆとりがないのだ。

 

☆しかし、グリム童話の話には教訓がある。

 

普通の貧しい漁師の夫婦にも幸運のチャンスが訪れる。願いを叶えてくれる魚を釣ったお陰できれいな家も王族の城の暮らしも手に入れたが、調子にのって法王のような暮らしにと望んだ途端、もとの貧しい漁師の暮らしに戻るのだ。

 

私はこの話はかなり気に入って、いつも「ご破算に願いましては」と、多く望んではいけないと自粛しているのだ。

 

☆映画の赤ずきんちゃんも白雪姫も、森のおばあちゃん、森の小人の家を訪ね、その世界は不気味な異境、マイノリティの世界のように見えた。

 

別の世界にはある危険と別の価値観がある。

 

そして、シンデレラや白雪姫のように、親が死にその庇護が得れなくなると、酷い現実が今までの暮らしになかった最下位労働を強いられ、光から離されてしまうと言うことも、子供心にいつ親がなくなれば惨めな境遇が待っていると言うことを学んだものだ。

 

☆魔女の定義はともかく、大人の女には魔が潜んでいて、后も継母も実の母も決して聖女ではなく、弱者である子供に自分を脅かさない存在であることを強いるのだ。

 

☆一般社会から虐げられた魔女たちも生きなければならない。現代のマイノリティの社会への反逆のように薬草や魔術への恐怖が物語を創っていったのであろう。

 

☆一つの宗教による弾圧。他者の信仰への軽視。

 

今も続いている少数民族やジプシーや未開の人たちへの驕り。

 

  魔女の物語もグリム童話も人間社会のどうしようもない愚かしさの物語だと思う。

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