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人間の夢。 その9.


娘が2年生の時には聖コルベ神父の殉教50周年と言うことで、絵の奉納をコンベンツェル・フランシスコ会から依頼され、80号キャンバスを庭に広げ油絵で描いた。

 

自分でも下手だと思ったが信仰のものは下手でも言いと思い納めた。

 

展示してから、長崎の聖コルベ記念館に行ったときは、ブラザーゼノが作った聖コルベ神父の部屋の壁に飾ってあって、感動した。絵の下には遠藤周作の「沈黙」の原稿が飾ってあり、となりの部屋には蟻の街のマリアの北原玲子さんの五年生の時に書かれた書道が飾ってあった。

この頃、秋田の聖体奉仕会から、フランス人の障害者がフランスから父娘で来るのでボランティアを頼まれたが、成田までの送迎くらいだと思って受諾したら、10日間、秋田にいって手伝うとのことでお断りした。2年生の子供は学習の手伝いが必要で母親が留守できないもの。

 

それで、フランス人には日本訪問を断ったとのこと。

 

☆子供が4年生になってアメリカに行くことになった。子供も私も週に一度くらいイオンのプライベートレッスンを受けて、ほぼ半年くらい準備をした。

 

☆私たちがボストンに着いた年は終戦50周年で、娘が4月から通った5年生の体育は「禎子と千羽鶴のダンス」娘のアメリカでの初めての教科書は「Sadako」、次はアンダーグラウンドレールで南北戦争の時に黒人をクエーカー教徒がカナダに逃げさせる組織のはなし。3番目は「日本収容所キャンプ」で、第二次世界大戦時に日系人が馬小屋に収容されていたときのアメリカ人との友情物語である。

 

☆自分たちが世界でどういうところに置かれているか?

 

有色人種であり。

 

マイノリティであり。

 

敗戦国の人であると思い知らされる。

 

☆私は英語のレッスンから始め、2ヵ月の受験勉強で足りなかったデッサンを学び、あまりにも下手だと思った初めての油絵のために、ハーバード大学のサマースクールで油絵を初めて学んだ。

 

キャンバスを張り、パレットに油絵の具を出すところからだ。

 

☆娘も3ヵ月の公立小学校から、異例で前例のないとい短期滞在者の英語も満足にできない時に、私学小学校編入。中学受験も2校受け2校とも受かり、アメリカの正義を信用することになった。

 

アメリカン・ドリーム!

 

チャンスと夢の国。

 

頑張れば、道が開ける。

 

本当にねえ。

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