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「我が愛する者を抱きしめる日まで」感想。


この映画は悲しみから始まります。

 

しかし、若い恋人達の愛が「ふしだら」と言われた50年前のアイルランド。

 

アイルランドはカトリックの国で、貧しく、自然の美しい島国。

 

両親は妊娠した娘を恥ずかしく、とんでもないと思ったのでしょう。

 

世間に知られたくないし、堕胎等考えもしないでしょう。

 

こう言う若い娘を引き受けたのが修道院です。女子修道院のなかには同じ境遇の若い娘が20人くらい映画では居ました。

 

萩原葉子さんの「蕁の家」に、二葉という名だったか主人公が妊娠し、祖母によって出産と子を里親に世話する仕事をする女性がいて、その手続きと言うのが花柳界の元芸者が話をつけるのが出てきます。

 

日本でも修道院の代わりをする業者がいたようです。

 

☆今日、買った飯山のトマトとお豆。山菜祭りの道の駅で買ったアスパラ。

☆それで、10代で出産のお礼でカトリックの修道院「聖心」で、主人公は4年間、労働奉仕を罪の償いのために強いられます。

 

キリストの花嫁の修道女たちは、終世、聖母のように乙女であることが要求され、結婚前に処女性を失うと言うことは大罪なので、罪人として、懺悔、祈りを指導されます。

 

それでも、子を産んだ未婚の若い娘は自分の子と会うことが一日に一度一時間でしたか許されて、抱いたり遊んだりできるのです。

 

母乳の必要もあったでしょう。

 

主人公の産んだ男の子はある女の子といつも一緒でとても仲が良いのです。

 

それで、アメリカから富豪が女の子を養子にもらいに来た時に、離れなかった男の子も一緒につれていくことになってしまったのです。

 

心の準備もなく、修道女は容赦なく追うことも最後の別れを許しません。

 

☆私は北朝鮮に拉致された母親や父親もことを思い出しました。

 

母親から子供を奪うなんて!

 

しかし、娘達の親にとっても世間にとっても、能力のない若い女性達の厳しい母子生活にとっても最良の選択とカトリックも子のない富豪も思ったでしょう。

 

それが、人身売買にもなると教会を支えていた財源でもあるという仕組みもあることも映画は見せています。

 

☆その目的のために、過去データも消されてもう、会いたいと思った息子が50歳の誕生日になると 、素人ではなんの手がかりも得れなくなります。

 

☆「マグダレンではあるまいし。」
映画の中で悪名高い修道院の実態を描いた実在した修道院の名が出てきます。

 

そして、その血も涙もない修道女の名前はヒルデガードと言うのでした。

 

ドイツ語でしたら、ヒルデガルドでしょう。

 

修道院は慎ましく、静かで、聖歌を歌う他は犠牲と償いの場所なのでした。

 

イエスさまの言葉で、罪ない人はいないでしょう。

 

そして、多く愛する者は許されると言うのもあります。

 

若い日に好きな人との性は天国に上る気持ちだったと主人公は言うのですが、修道女は「楽しんだことは罪です。」と冷たい声で言い放つのです。

 

色々、考えさせられる修道生活です。

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