Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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正直に真っ直ぐに生きる。

私は「美術手帖」の「贋作」を見て、読んで、結論として「贋作家の最期は憐れである。」と言うことだった。

一時期、大金を得ていい暮らしをしても、技巧を称賛されても、晩年は不幸なのである。

☆今日のドキュメント映画はそれとは真逆である。

日本初めての「ユネスコ記憶遺産」に選ばれた炭坑夫の記憶は、作者は小学4年生までしか学校には行ってない。絵を描くと、当時は先生に殴られたそうである。

その小学の4年間も兄弟の子守り等でろくに登校できなかったと言う。

家業を助けるため子供の時から筑豊の炭坑に入って働いた山本さんは、独学で字も覚えたのだが、漢字辞典をそのまま全部写すのである。

見たこともない漢字だらけで、明治と言う時代もあるだろうが、当用漢字もなかったので、全部、覚えることにしたのだろう。

☆映画を2度見て、美しく真っ直ぐな山本さんのえがおを見て、こんな風に生きられた幸せを感じた。

山本さんの娘さんは、笑いながら、昔は炭坑で働いていていることは軽蔑の対象で差別されていたと言った。

山本さんも奥さんもとても品のいい顔をしていた。

元炭坑で働いていた103歳のおばあさんもとてもいいお顔をしていた。

「貧乏がよかった。」と言うおばあさんもいた。

☆山本さんは、自分の絵を見て「こんな惨めな暮らしをしていた人がいたのだと、皆が言える時代になればいい。」と言った。

現代には別の惨めさがある。

皆が幸せになれる時代が来ればいいと言うことなのだった。

山本さんの記憶力は非凡だが、始めは文章で1000枚を越える炭坑の記憶を書いた。家族が恥になると言うので全部燃やした。

そう言うことを記録している日記もユネスコの記憶世界遺産である。

書くことが好きなようで、菓子箱や箪笥の引き出し裏などにもメモなど残している。

☆プロの現代美術の作家の人が出てきて、「下手だけど惹かれる。」と言った。

本当は炭坑の中は真っ黒で、着物の色なども見えないが、山本さんは顔彩絵の具で描いている。とても鮮やかだ。

私は、絵は上手いなと思った。

☆名もない美術教育もうけてない炭坑夫が、記憶で描いた絵はとても丁寧で綿密だ。
そして、映画では観られなかったが、昔の風俗や子供たちの遊びなども描いていて、ちょっと面白い。

山本さんは、何の野心もなく描いていて、描いた絵を人にすぐあげてしまう。お礼はお酒らしく、受け取らないと機嫌が悪くなるそうだ。

山本さんは、とても真面目で、博打、恋愛、贅沢はしない。しかし、博打の絵炭坑で行われていたリンチや炭鉱内の事故のことも確りと描いている。

炭坑では夫婦単位で働いていて、入れ墨の男が多かった。

女も男も下着以外は着ていなく裸だ。暑くてとても着てられない。

山本さんは、真面目なのではだか同然の女性をあるがまま描いて良いものか苦しんだと言う。

お風呂も混浴だったと言う。

☆山本さんは、夢にも自分の描いた絵が記憶遺産になるとは思わなかった。

そして、とても、喜び感謝をしている。

ユネスコの役員も無名の炭坑夫の絵が記憶遺産になって驚いているには日本人ではないかと言っていた。
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