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今日はここまで。


ロシア皇后、ラスプーチン、ロシア正教会修道女、貴族の美女。

☆ロシアの田舎の農家に生まれたラスプーチン。

 

20歳の時、聖母マリアを空に見て、イエルサレムまで2年かけて、徒歩で歩いた。

 

帰って来たら、奇跡の治癒能力が備わっていた。

 

貴族や富裕層から莫大な謝礼が寄せられてるが断り、質素な藁布団のベッドに寝ていたと言う。

 

皇后の息子の血友病を治して、王室の信頼を得たものの、影響力を恐れた敵から暗殺された。

 

毒入りワインやお菓子では死なず、切っても死なず、凍っている水のしたに埋められ、死因は溺死とか。

 

☆カトリックの聖人と言われるような人にもバッシングはあるのだ。

 

蚊帳教会に来て歌ってくれたAKIRA君のプログで、この1ヶ月に13ヵ国訪ねたそうで、アウシュビッツも訪ねたことがわかったのだが、マザーテレサの生まれたマケドニアにも行ったと言う。

 

それで、マザーテレサ批判と言うのがカナダの大学でが発表され、世界中からの寄付が余るほどなのに、貧しい人たちへの医療が近代的な医療レベルからみると低く、苦痛を耐えることが魂の浄化として治療より耐える事を勧めたり、時の権力者の不正なお金を寄付されていたというものであった。

 

カトリックの聖人伝説のために宣伝が巧みで実態は、違うと言うものであった。

 

☆聖人と言われるような人も人間であるので、欠点を探せば探せるだろう。

 

また、有名にならなくても隠れた奉仕生活をしている人もざらなので、私は神様が知っているので、わざわざ重箱の隅を突っつかなくてもいいでないかという考え。

 

近代医療がより救えるなら、自分は近代医療で無料で貧しい人を救ってあげればいい。

 

☆ラスプーチンのマトリョーシカを描いている間、金の雨がずっと降っていた。

 

未だ、未完なのだがラスプーチンは本物だったのだと思う。

 

ジャンヌダルクもラスプーチンも田舎の出で、祖国を救う使命があったのだ。

 

女たらしで強姦もしたそうである。

 

悪魔の誘惑も多かったと言うことか。

 

☆先ほど読み終わった「小人レスラー」の本で、10000人の一人の割合で生まれると言う小人症に、なぜ自分がと思うと言うのがあった。

 

私は、例えば、乙武さんのような人は凄く大きな使命のために、ああいう体を選んで生まれてきたと思うのだ。

 

私たち普通の人間は、実に鈍感で、他者の痛みを知る能力が低いのである。

 

そして、先ほどの本で強く訴えたのは、私たちが踏みつけている異形や弱者や発言しない人にどれ程罪深く、自分たちの偏狭な価値観で押さえて不幸にしているか気がつかなければいけないと言うことだ。

 

☆私たちは強者でありたいと、得したい、特権を得たいと頑張るような社会構造のなかにいて、そこから弾かれると敗者として、惨めな扱いを受ける。

 

生まれながらの障害と言うのは、そのレースのハンディ戦になるので、どんなにか生き難いだろう。

 

貧困や両親の不在や戦争のただ中で生まれたり、放射能の降る町に生まれたり、選べないものだたけだ。

 

そのなかで、生まれながらの名門の貴族でも、とんでもない残虐の限りを尽くす人がいたりすると、私たちの人生は貧しい家で仮に病持ちで生まれても、立派に気高くいきることもできるので、世界は公平だと私は思うのだ。

 

多少のえこひいきはあっても、人殺しを崇拝はしないし貧しくても人のために尽くす人を見れば、神が宿っていると思うのだ。

 

☆清貧もいいが、お金を使う人は多くの商人の暮らしを潤し、経済流通を助ける。

 

品行方正で倫理観の強い人もいいが、多く愛して潤いのある人たちも歓びを人に与える。

 

処女懐胎は聖母マリアの崇高さを語るけれど、人類は普通の男女の営みで存続してきたのだ。

 

この世に生きる以上、食べることも着ることも暮らすことも楽しめばいいと思う。

 

それより、自分と違う価値観を批判せず受け入れることも大事だ。

 

奉仕は道楽でやればいい。

 

誰も後ろめたくさせないような気楽さで。

 

☆「ブリキの太鼓」のオスカルは、なぜ、読み書きを学ぶよりもラスプーチンの物語を読んでくれといったのだろう。

 

オスカルは物語の作った人物だが、ラスプーチンと同じ啓示、使命をもって生まれてきたのだ。

 

小人症は障害者扱いで苛められたり、親たちは愛しながらも、オスカルの存在に胸を痛める。

 

ママといとこは不倫の罪の罰だと思って自分たちを責めた。

 

「小人症の子供の親の会」の母親に作者はインタビューをして、親は相当辛いらしいと知り自分のデリカシーのなさを苦しむ。

 

☆私たちの住む世界は、あまりにも不完全でまともな思考力があれば、どこに自分を置いても苦しい。

 

貧困で食べれない人を知れば、喩え、自分が倍働いて節約の限りで得た収入で食に満たされることも後ろめたい。

 

社会構造があまりにも悪いのだ。

 

自分の子であろうと他人の子であろうと同じように愛し、どの異形や生き方の相違もあるがまま、受け入れ合えたら、誰も傷つかないし、苦しむこともないだろう。

 

でも、なぜか社会はどれだけの成熟を得てない。

 

姑の同居ですら、離婚と言う人もいる時代になった。

 

☆マザーテレサのことだけど、私はこう思った。

 

不正の利益で得たお金を企業はマザーテレサに託すことで、貧困や病んでる人のために使われることで浄化されるのではないか?

 

☆コリン・ウイルソンの「ラスプーチン」の本には、病は純粋な魂の人がその心を清めれば治ると言う治癒能力者が出てきた。

 

私は聖書に書かれていることは、正しいと今でも思う。

 

苦しみが魂を浄化するのは本当だ。

 

現代医療が痛みを取り除くことが最良としているのだとしたら、少し疑問だ。

 

自分も階段から落ちて、腰をしたたかに打ち 、太もももお尻も青痣で、少し触っただけでも痛かった。

 

でも、少し、その苦しみが必要なものであった気がする。

 

私は66歳と言う年にも、ハードな旅行にも謙虚な反省ができた気がした。

 

私は今でも思う。

 

誰にでもハンディはある。それが見える形のものは解りやすいが、目に見えないハンディも公平にあるのだと思う。

 

私はとてつもなく無器用で、筆で色を塗ると言う単純な作業でも自己嫌悪にいつも陥る。

 

こんなに無器用でなのに、なぜ、絵を描いているのか、いつも罰ゲームのようなものか思う。

 

どこかで、読んだ記憶がある。
不器用な人の方が下手なので結局は長く続けて本物になると。

 

そうであったらいいなと思う。

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