Ruiico (ruiico) wrote,
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老老介護。

老老介護の記事を読んでいた。
70歳女性が91歳のご主人を20年介護して、疲れて「あなた死んでください。私も後を追いますから。」と刺したが、「私は生きる。」とご主人は言ったそうだ。それで。未遂なのだけれど、20年後の自分の疲労具合を誰が予測できたのだろう。

 

こうなると、若い奥さんも余り年齢の離れた結婚は防いだ方がいいようだ。

 

☆今日は風邪を引いているせいもあるが細い線が描けない。

 

10年、20年、30年前に容易にできたことができなくなっているのだ。

☆それで、少し休憩中。

 

☆ふと、思い出したのは結婚前に修道院を脱走してきた修道女が、60歳だったが、32.3歳くらいの私に「孤児が可愛そうだと思わないか?」と、児童福祉施設でボランティアをするように言い、そこの80の園長夫人に勝手に、「ルイコさんがルルドに連れてってくれるから。」と喜ばせ、「えっ!」と驚いた私に、目配せして「少しは私も資金を出してやるから。」と言った。

 

そして、次に「お小遣いをくれてもいいのよ。」と言ったカトリック要理を書いている70歳の神父に、「ルイコさんをマリアさまに奉献しましょう?」と言った。

 


次には、「ルイコさんは、結婚できない人だから、タダ働きさせて、左団扇で暮らすつもりよ。」と公言していて、それを聞いたドミニコ会の元修道女が私に伝えて来たので知ったのであった。

 

☆怖いと思った。
本人の許可もなく、自分の老後の安泰の暮らしのために、全く騙して児童福祉施設にボランティアに連れ出されたのであった。

 

結婚することに、方針を変えたときに、70歳の神父は口を歪めて、「お小遣いをくれてもいいのよ。」と言ったのであった。

 

暗黙の了解で今思うと、神父と修道女は私にタダ働きさせて、目上として君臨し、60歳の修道女が言っていたように、「秋田の聖体奉仕会の安田神父のように、庭いじりをして楽しみたい。」と言う願いが、純真な私の存在で実現しそうだったのに、結婚することになって、予定が狂ったので、少しでも取り立てようと思わず本音を出したのだった。

 

その時は手持ちの20万円だったが、1年たつと「車がほしい。」と言う手紙が来た。

 

☆カトリックの組織のなかに、働き手に働かせ、楽をして表舞台に出る長と言うのは、ある構造である。

 

☆別の修道女も教育里親をやっていて、私たちはインド、パキスタン、バングラディッシュの子供たちの学費を月々送った。子供たちは比較的早く卒業するが、次の子供を自動的に里子に告げられ永久的に学費を送り続けなくてはならないのであった。 その修道女はこうも言った。毎月、教育里親の寄付は千万円を越えて、とても大きなお金になり、そのお金を投資に使う人もいると言う。誰でもアジアの貧しい子供たちが小学校で学べるのは善だと思えるので、集める側から見れば、旨味のある仕事なのであろう。

 

ある里親の母親が、「人からお金を集め、外国に行って感謝され配って、毎年のように海外に行けるなら、私だってやりたい。」と言ったと言う。

 

その時は、そう言うものの見方もあるんだなあと思ったが、その修道女の人格に問題があったらしく多くの人が止めた。

 

それから、断っても断っても、手紙の入った大きな封筒が今でも送られて来て、一時はその封筒を見ると涙が出て、吐き気がして、これほど嫌がることをする善意と言うものに疑問が沸いた。

 

☆私がどの宗教にも驚くのは、寄付で成立しているところである。

 

あるボランティア団体も団長が「皆の寄付で世界中何十ヶ国に行ったのよ。」と言ったのを聞いて、これが本当のボランティアなのだろうかと驚いた。

 

つまり、貧者の一灯もこのように使われているとは想像もしないだろうと思われた。

 

☆私がこのようなことを思い出したのは、マザーテレサへの批判なのである。

 

  カトリックはスターを常に必要としているし、聖人と言うと憧れの対象だが、一人の人間を犠牲にして、神格化するために、宣伝もあるだろうと言うのは想像しやすい。

 

☆純情な信者は使いやすく、「犠牲だ。犠牲だ。自己放棄だ。」と言われれば身を粉にして働いて教会に差し出すのは、珍しい事でない。

 

また、そう言う風に教育もするのだ。

 

実は捏造?「マザーテレサ神話」 !function(d,s,id){var js,fjs=d.getElementsByTagName(s)[0],p=/^http:/.test(d.location)?'http':'https';if(!d.getElementById(id)){js=d.createElement(s);js.id=id;js.src=p+'://platform.twitter.com/widgets.js';fjs.parentNode.insertBefore(js,fjs);}}(document, 'script', 'twitter-wjs'); ハピズム ざっくり言うと マザー・テレサのイメージがメディアによって作られたものであるという研究結果 「痛みに耐えろ」という怪しげな看護法や、問題点の多い政治家とのコネもあった 彼女が祈って治癒した「奇跡」もデタラメだという説も ハピズム 2013年03月13日21時00分 マザーテレサの怖い素顔が明らかに! 「洗脳看護」「カルト施設」、その実態とは!? 写真拡大 去る3月2日、インドの日刊インターネット新聞「The Times of India」に、「Mother Teresa 'saint of the media', controversial study says」とのタイトルで、マザー・テレサのこれまでのイメージがメディアによって作られたものであるという研究結果が出たと、掲載された。 マザー・テレサといえば、貧困や病気にあえぐ弱い人たちの救済活動に生涯を捧げた、カトリック教会の修道女。修道会「神の愛の宣教者会」の創立者でもある彼女は、"無償の愛"の代名詞のように伝えられており、今なお、世界中の人々から崇め、慕われている。しかし、カナダの宗教学専門誌「Religieuses」最新号で大学の研究者が発表した論文によると、マザー・テレサの美談や名声は、カトリック教会の誇大宣伝のためにデッチあげられたものであり、聖人には程遠い人物だったというのだ。■これまでのマザー・テレサ像 1910年、オスマン帝国領のコソボ州で生まれたマザー・テレサは、敬虔なカトリック信者の両親に育てられ、12歳のときに「修道女としてインドで働きたい」と決心。18歳で、ロレト修道女会に入り、インドのカルカッタに派遣され、上流階級の子女の教育に携わっていたが、「すべてを捨て、最も貧しい人の間で働くように」という神からの啓示を受け、カルカッタのスラム街に移住。宗教を問わず、貧しい人、病気の人など弱者のために働きたいとし、1950年に修道会「神の愛の宣教者会」を設立。ホスピスや児童養護施設を開設し、その無償の愛の活動は全世界に知られるようになり、世界中から援助が集まるようになった。1971年に、教皇・パウロ6世から勲章「ヨハネ23世教皇平和賞」を授章されたのを皮切りに、ノーベル平和賞など数多くの賞が贈られた。1997年に、87歳で亡くなった時には、インド政府が国葬を行い、死後5年目にはヨハネ・パウロ2世が「彼女は福者である」と宣言した。そして、なにかと問題の多いカトリック教会において、清く正しく、いつまでも輝き続ける聖人のような存在として、マザー・テレサは人々の記憶に残ることとなった。■明らかになりつつある、マザー・テレサの素顔!しかし、実像は異なるのではないか、と疑問を投げかける者が現れた。今回「Religieuses」に論文を寄稿したのは、モントリオール大学とオタワ大学の研究員たちである。 彼らは、マザー・テレサに関する文献資料、約300件を調査し、「マザー・テレサが世界中に開設した517もの『死を待つ人々の家』ホスピスは、衛生状態が悪く、医薬品も慢性的に足りず、満足な治療が施せなかったと報告されている。しかし、彼女の修道会『神の愛の宣教者会』は何百万ドルもの多額の寄付金を受けており、金銭的に困っているわけではなかった」という事実を突き止めたと発表。そして、「マザー・テレサは、患者の痛みを和らげることはせず、痛みに耐えることを賛美して癒やすという、怪しげなことをしていた。多くの病人が、彼女の元を訪れれば、医師が治療をしてくれると思っていたにもかかわらず、彼女は、イエス・キリストの受難のように、痛みに耐えることは尊いことだと繰り返し言うだけだった」「人気が低迷しつつあったバチカンは、劣悪な環境で痛みに苦しむ人たちに『あなたは素晴らしい人間なのよ』と優しく接している、マザー・テレサのことをまさに“生きる聖女”だと大げさに宣伝することで、カトリックのイメージアップを図ろうとした」と指摘した。 また、「バチカンは異例の早さで彼女を福者だと宣言したが、“痛みに耐えろ”という、怪しげな看護方法、問題点の多い政治家とのコネ(ハイチやアルバニアの独裁者を支持し多額の寄付金を得たという説がある)、多額の寄付金の管理に関する疑問点、そして、中絶、避妊、離婚に関して過度に批判していた点などは、一切、問題としなかった」とも綴っており、事実を知れば知るほど、マザー・テレサの神話はでたらめだということが明確になるとしている。 さらに、マザー・テレサの名が一気に世界に広まったのは、英BBCのマルコム・マガリッジ氏の力が大きいとも指摘。中絶反対派でカトリック右派のマザー・テレサに共鳴したマルコムは、1968年にロンドンで彼女と面会しており、翌年、そのミッションをたたえる映画を製作。「初めて写真に撮られた奇跡」として、コダック社もマザー・テレサを宣伝に使い、彼女の顔は世界中に知れ渡った。 奇跡といえば、バチカンは、「マザー・テレサは、ひどい腹痛に苦しむモニカ・ベスラという若いインド人女性の腹部に、宗教的なメダルを置き、祈ったことで治癒した」とし、マザー・テレサの奇跡として伝えている。しかし、医師は、「モニカが患っていた卵巣嚢腫と結核は、投与された薬により治癒したのだ」と証言しており、これを否定。それでも、バチカンは「奇跡だ」と主張し続け、多くの人々を騙しているという。 なお、マザー・テレサは晩年心臓病を患い、ペースメーカーを入れる手術などを受けていたが、自身は衛生的で設備が整った近代的なアメリカの病院で、痛みを和らげる麻酔薬を投与されながらの治療を受けていた。まさしく、聖人からは程遠い人間だったというのである。 マザー・テレサは聖人ではない、うさんくさい人間だという意見は、実は昔から出ていた。2年前に62歳の若さで食道がんでこの世を去った無神論者のジャーナリスト、クリストファー・ヒッチンズは、長年、マザー・テレサはとんでもない食わせ者だと主張し続け、それに関する本まで発行。「彼女が世界中から集めた寄付金を使えば、ベンガルにファーストクラスの病院を建てることだってたやすいことだった。しかし、彼女はそうせず、衛生状態の悪い、あまりにもひど施設に患者を収容し、ろくに治療を施さなかった。痛みを和らげるなど嘘だ。死ぬこと、痛みに耐えることを賛美する、まさしくカルトのような施設だったのだ」「信仰する宗教に関係なく看病したというが、それも嘘。朦朧とした患者に、痛みに耐えれば天国へ行けると、繰り返し言い、洗脳した」と厳しく批判している。 今回発表された論文だが、「聖人的なイメージを持つマザー・テレサの創られた神話が、貧困にあえぐ人々の救済を目指す人道活動家たちを励ますことになっているのは確かだ」「しかし、マザー・テレサに関するメディア報道は、もっと慎重に、事実に基づいたことを伝えるべきだ」という言葉で締めくくられている。 衝撃的な論文であるが、マザー・テレサの人気は不動のものだとされており、カトリック教会への打撃はさほどないだろうと、米メディアは見解を示している。今から10年前、2003年にローマ教皇庁はマザー・テレサの列福式を行ったが、世界中から25万人を超える人々が集まり祝福。実像がどうであれ、カトリックが全力を注ぎ創り上げたマザー・テレサの"聖人としての神話"は、揺らぐことのない、不動のものなのである。
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