Ruiico (ruiico) wrote,
Ruiico
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生きることは難しい。

人生には正解はないと思う。

失敗した人にバツなんて簡単に判定できない。

⭐︎家に帰ってくると、娘の家事手伝いは甘すぎて、あっちこっち掃除をする羽目になる。

家族はありがたい。

主人は仕事に出かけた。

それで、我が家庭は路頭に迷うことなく生きている。

⭐︎人は人として生きなければならない。

自分は甘いと思うが、自分の家だけ食べられれば言い訳ではないと思う。

⭐︎ずっと、仕事をしてきてよかったと思う。

色々な人を観てきて良かったと思う。

今、安く映画を観られるようになって、本当に人生は一筋縄ではくくれないと思う。

そして、自分の半生(3分の2)をふり返ると、自分は気の済む迄なんでもやる主義なので、それでよかったと思うのだ。

小さな単位の額だが、働いて得たお金でものの価値を知ったと思う。

格差のある社会で、上には上の暮らしもあることを知った。

貧しくて一生懸命働いているけれど、そこから脱却できない人もいることも知った。

自分はささやかな仕事を通して、人を理解することも人から理解される必要のあることも学んでいるのだと思う。

死ぬ迄働くつもりだ。

⭐︎昨晩、この本を読み始めた。

父親は売れない彫刻家だった。母親は優秀な挿絵画家で生活を助けよく働いたが、芸術家ではなく一段と低いデザイナー的な仕事で、芸術家でないと言うことは価値が低いと言う価値観があったのだという。

しかし、両親は花の都、パリでであった。
素敵なラブストーリーだ。



⭐︎私の母方の曾祖父は画家で七つの蔵を潰して死んだ。母の父は商人だった。お金の苦労を知ったのであろう。母の祖父の画家の妻である祖母は医者の娘であった。お嬢さんとお坊ちゃんの優雅な画家暮らしは、容易に七つの蔵を潰し、名もなく死んだ画家として終わった。

それで、母は画家は穀潰しで、名をなす画家になると言うことは、万が一にもあり得ないと肝に銘じていた。

⭐︎ムーミンの作家もそんな風に育ったのかもしれない。
とても貧乏だったそうだ。聡明な母親は性格的にも夫を立て健気に雑用を全部引き受け、愚痴をいうこともなく裕福なスウェーデンの実家の援助で生きていたと言う。

⭐︎そう言う家庭環境で芸術家になって食べれないだけでなく、家迄潰されては困ると思った両親はデザイン科に限って受験を許してくれたのであった。

幸い、受験勉強2ヶ月で、芸術のことは何も知らなかった。

それで、不器用なので技術を覚えるのにようやくだったので、デザインをやるのは嫌だなんて、葛藤に苦しむこともなかった。

⭐︎しかし、生きることを真剣に考えると、お金を稼げればいいと言うわけでは勿論なく、人として納得のできる収入の得方は結構難しく、衣食住が整わない間はともかく、難しいのであった。

それでも、好きなことをして生きるという贅沢を考えれば、多少の不自由はいた仕方ない。
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