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個展を顧みて。


制作は黒姫コテージでしているので、今回 G2ギャラリーの狩野珠生さんに、「ギャラリーもあるビルが解体するので、記念に個展はいかがですか?」と声をかけられた時に、冬の間、コテージで創った30体のマトリョーシカを持っていこうと思ったのでした。

 

コテージでは、100号の大作を創ることに重きをおいているので、マトリョーシカというのは玩具に近いイメージがあって軽いと思われた方も多いかもしれません。

 

☆小さなギャラリーでも、マトリョーシカ30体だけでは埋まらないのです。

 

それで、20代の時に作っていた豆本や豆団扇や庭で制作できない冬に、コテージの中で作っていた「貴婦人と一角獣」や昨年、生誕250周年の一茶祭りの縁で作ったマトリョーシカも持ってきたのでした。

 

☆展示してあった豆団扇はホテル・オークラのフランネルギャラリーで長い間、扱って頂いたものでした。

 

20代の私は、外国からの観光客や日本訪問者が小さな団扇をお土産にお国に帰られて、思い出に保存したり、友人への日本土産に配られることを予想してワクワクしたものです。

 


☆20代の私の夢は世界に作品がいくことでした。

 

豆本も海外の豆本ミュージアムにも発見することがあります。

 

若いときは、バッグに入れて旅をして海外の人が買ってくれたことがありました。

 


毎日、千代紙を散らして歩いて家中、紙屑だらけにして母に叱られたものでした。

 

1980年のカレンダーに使われて、パリに何十本も持っていってフランスの方に買っていただき、売り上げを教会に寄付したものです。

 

☆私のアートの戦いは、版画から始まってますが、それは安価で誰にでも買える値段のものをという願いから出たものでした。
22,3歳の初めての個展は毎日デイリーニュースの英字新聞での記載からスタートしたのでした。

さらに、安価なファンシーグッズを大量に出版したのも20代の頃。

☆30歳になってようやく海外に住むチャンスを得たのですが、日本人が西洋で生きるのには日本のオリジナリティーを表現し、洗練された現代の表現でと言うことも肝に銘じたことでした。

 

このようなカードもアジアのボランティア大会やマザー・テレサのボランティアを手伝っている方達に公式に使われ、色々なアジア諸国に行っているのです。

 

20代の頃のささやかな作品を世界でと言う夢はこうして少しづつですが実現したのでした。

 

☆人類の夢は21世紀には実現するのでしょうか?

 

富士山は世界遺産になりました。

 

私たちの平和への祈りもいつか実現するべく努力をしなければならない。

 

そして、そのために人を愛することや理解することを日々学ばなければならない。

 

30体の色々な国の民族衣装を着たマトリョーシカは、私がいかに他国を知らないのかという発見と、もっと色々な国のことを知りたいという気持ちをつくってくれました。

 

☆生きることは、ずいぶん多くの課題が要求されるようでもあるが、大切なことは評価にされない慎ましい日々のなかに生かされ、誰でもできる普遍的な人を愛すると言うことに他ならない気がします。

 

  アーティストの課題も高く広く、日々、休まず眠らず、アッシジの聖フランシスコの詩のように、祈りのように、神の道具として使われることとして誇り持てるものでありたいと思います。

 

☆現実の生活は綺麗事でないかもしれない。しかしながら、時代の罪からは生きてる人間は免れようもない。

 

美しいものも、人の住む地球の産み出す多様なものも、受け入れて心豊かに生を謳歌したい。

 

誰でもが笑顔を見せれる時代に。

 

そんな大それた夢を小さな仕事に持って老いを迎えたいと思ってます。

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