May 28th, 2007

地上で生きるにはマネーも必要!


 見えにくいが拡大すれば書いてある内容が読み取れると思う。
若い時に書いた文章。

 大変感謝しているのだが、私の両親は大学を出てからは1円のお小遣いをもくれることを拒否した。
大学のときも多分1月5000円貰っていて、それ以外は自分でアルバイトをしていた。
本を山のように読むこと。次から次へと誘われるイヴェントの会費と交際費。いくらあっても足りない画材。それらを稼ぎだすに学校、夜のアルバイト、休暇の時には昼間にも働き続けていた。

 不思議なことに今だから書いてみようと思うのだが、私が卒業式の前日まで級友と芸大の学生にたかられていた。聖書を読んで「上着を望むものには下着をも拒むな。」との教えに従順に従い嫌な顔ひとつせず、応じ続けた。ほとんど毎日だった。幸いなことに学生のたかりの額は知れていた。ただ、ひとつ困ったことは愛することが出来なくなったことだ。私は最後の方はほとんど義務だった。人間感情の不思議なことに、その人たちはむしろ憎しみが育っていったようだった。二人は関連はなかったが最後に同じ行動をとった。二人ともお茶を奢ってくれたのだ。

 私は卒業と同時にフリーランスになったから世の厳しさには驚いた。仲間からの仕事は「仕事。」と言ったが無料であった。いや正確には持ち出しだった。それも嫌な顔せず知らん振りして鈍感にしていた。それで、経済的に苦しい時はいろいろなバイトをしたのであった。それも自分の能力を知るのに大変有意義だった。そして、信仰によって、頼まれたことにはほとんど付き合った。
 真夜中、自由が丘で踏み切り近くにあった「ジェリコ」というアメリカ人シンガー経営のスナックの元宝塚の雇われママが、毎月「家賃が払えない。」と電話をかけてきた。私が家賃を払えるわけではなかったが、何がしかのお金を持って駆けつけようとすると、母親が泣いて止めた。「そうゆうことはキリスト教の牧師か寺の坊さんに任せておけばいいじゃないの!」「坊さんも牧師もしないから私がしなければ!」と人も殺された蓬莱公園を抜けて自由が丘まで30分くらい歩いた。彼女は50歳だった。なぜ、自分のアパートのお金が払えないかはわからなかった。そして、早朝東急線が動き出すとそれに乗って私は帰った。そんなことがどこにでもあった。20代前半の私はまだ世間知らずで純粋であった。(今はどうでしょう?)

 そして、そんな中でも1年に1度個展をした。毎年毎年個展をし続け、それなりに仕事も来るようになって30歳の頃は忙しくてしかたがなかった。

 私は結婚とか母親になるとかは夢にも考えなかった。ただひたすら神のお役に立ちたかった。だから、常識や世間の思惑などどうでもよかった。だから)真夜中も夜明けも気にならなかった。神は困った人を見捨てたら許さないでしょうとゆう価値観が優先したのだ。

 今、秋には60歳になる身で考えると聖書の教えのとおり生きてきた私にはいい体験だったと思われる。私には不思議な経済運があるのもこの若い時の貯金のような気がするのだ。

 やはり、働き以上の収入は危険なのではないだろうか?少し損をするぐらいがいいと多くの幸せな成功者は言うが同意見である。

 世の中をもう60年近く生きてると姑息なやり方も見えてきてしまう。お稽古に行ってもいらないお道具を買わせるところはザラだ。幸い今自分にやってるお稽古は良心的なところばかり!
 しかしながら、画家や陶芸家たちの「家賃が払えないので、この作品を買ってくれ。」とか「家賃を払えないので、住む家が無い。お金を送ってくれ!」と未だあるのは驚きだ。
どう、考えても自分で処理するべき問題ではないかしら?作品が売れないのなら、自分で売る努力をするか売れるようないい仕事をするかが人生でないの?誰でも嫌な仕事をしたって自分で払っているよね!

 無心の中には寄付もある。
 私も同意しているところには寄付をしてますよ。(フィリッピンのライ病者のタラ村支援。釜が崎のホームレス。山谷のホームレス。ユニセフ。教会献金。IAVE。ビッグ・イッシューなど)他に個人的に心ある画家たちへの応援。

 娘が胎内に宿ったときに、「えっ。まさか、私の人生に母親になるが入っていたなんて!」と神に感謝して、インド、バングラディッシュの教育里親を始めは5人、途中で男女二人を23年間教育費を、毎月払ってました。どうしても自分で立ち上げたボランティアの為、余裕がなく、何十人か看た後で「又、余裕が出来ましたら、続けますが今出来ないので、打ち切りたい。」と言ったとき。」「子供が大学でたんだからお金が余るはずよ。こっちにまわせるはずよ。」と言われたのには驚いてしまった。トータルでベンツは無理でもBMWくらい買えるお金ですよ!
私なら「今までありがとう。また余裕ができたらお願いします。」って言うね。

 さらに凄いのは、結婚の時、大変貧しい主人のお給料で出発したのだが、聖職者が「お小遣いをくれてもいいんだよ。」と1ヶ月のお給料を超えるお金を持って行ったのである。私が信じてきたキリストの教えと随分違うプロフェッショナルな方だなあと驚いたものだった。その方とね目があったとき、彼は目をそらしましたよ。やはり後ろめたかったのね。もう地獄だか天国だかに行かれた方だけど。「知るか。」です。

 昨年、帝劇で観た「ドラキュラ」というミュージカル。これは聖なるものも邪なるものも形を変えた野心とか欲望で、人間は皆他人の生き血を吸って生きてるという風刺劇。
案外、そんなものかもね。

 年をとると淋しいのはもうあの頃のように純粋に見れなくなったことかな。
でも、願わくは、困ってる人や淋しい人に元気を出してもらうために一生懸命働いて、自分のお金を持っていたいな。人を喜ばせるの大好きだもの。私はお金を使うのは善だと思っていて、なぜかというとそのものの携わってる人がやはり収入を得れるだろうし助かるのだと思います。私の絵もそうゆう善の方が買ってくれてるようね気もするし、、。

 銀座の画廊には怖いところも多い。押し付けるように買わされたこともあるし、同業者でも「買え!」っていうのもあるのよ。「買ってください。」でなくてね。欲しくも無いものを押し付けて物を作る人は幸福なのかしら?

 自分はもう40年近く絵を職業にしているけれど、言えることは「そんなに売れるものではない。」っていうことよ。他の人は知らないけれど。

 恵比寿三越でね。「宮様方が買ったから買え!」っていう店員もいた。
変でしょ?作品って好きだから、自分がいいと思うから買うのではないかしら?

 だから、今尊敬する人たちは普通の人たちなの。
人を救うとか言わないけれど、慎ましく弱い人にてを差し延べて、社会的になんのお礼も受け取らず、さり気無くしている人。
 宗教家も芸術家も胡散臭いなあ。
 私は仕事欄に「主婦」って書きますが、胡散臭い主婦です。家事が苦手なので!