June 7th, 2007

ティムとル・コルビジェと中国語クラス

 今日は4時まで家事の合間にお仕事をして、駅近くのイーオン校に行きました。

 ティムが娘が訳した「富士コノハナサクヤヒメ」の英訳をチェックしてくれているのです。ティムは26歳のオーストラリア人の英語の先生ですが、とにかく日本が大好きでシドニーの大学で中国語と日本語を同時に学んだという勉強家です。4時からグループのディスカッション・クラスなのですが4時から勉強できる人は少ないらしく、実質はプライベートレッスンのようです。50分で2000円くらいですから出費も少ないし、隣に東急ストアがあり買い物が全部できるのでもう、何年も通ってます。教科書もあるのですが、二人で見た美術館や話題の本の読後感など主に話します。彼は読書家で川端康成でも三島由紀夫でも日本語で読んでいるので話題に困ることはありません。

 「宇津保物語」を買ってくれたティムは、私が豆本の「富士コノハナサクヤヒメ物語」の話をするたびに「これは面白い話だ。絵本にしたらいい。自分が訳す。」と言って「古事記」など読み始めてました。
 まるでコノハナサクヤヒメの霊が望んでいるかのように、ロシアやアルメニアのグループ展に「サクヤヒメ」の絵を出展するほか、豆本の「サクヤヒメ」が好評でよく作ることになったものです。

 富士山は噴火後300年とか、世界遺産にしたいとか多くの話題がありました。PURE AQUAさんのように川口湖にある浅間神社を案内してくれる人も現れ、昨年「マリア・コード」出版の時、個展した白金の「くれあ」さんからは「田園調布にもコノハナサクヤヒメを祭った浅間神社がある。」と教えられ、尋ねることができました。おまけに家人によると主人の祖母は「コノハナサクヤヒメの生まれ変わり」と言っていたそうです。とても華奢で美しい方でした。

 それで、時間を作っては「富士コノハナサクヤヒメ」絵本のために絵を描いていました
そうですね。40枚くらいになっています。7月、8月、9月のイヴェントに間に合ったらいいなと思って出版社に持って行きましたところ「出せる。」とのことで今、最後の編集中なのです。

 ティムが凄いのは10ページほどの英語をそれは綺麗な文章に書きなおしてくれたことです。
今のところの謝礼は「天上のシンフォニー」のCDだけです。

 娘は前書きと後書きをまだ訳さなければならないのですが、訳者としてのペン・ネームを考えているところです。小学校4年の夏休み母子で「古事記」のポップ・ブックを作ったのを思い出しました。その本はアメリカに持って行き、大学の「神話」の授業に回し読みされました。どこの国でも神話があり、それは民族の誇りなんですね。

 ティムが先週の授業のときに「ル・コルビジェ展に行った。絵も展示してあってとても良かった。」と話していたので、私はティムの直してくれた原稿を持ったまま、バスで森ビルに向かいました。10時までやっているので一安心でしたが、オーディオを借りて作品説明を聴いていたので思いもがけず時間がたってしまいました。

 コルビジェは素晴らしい人でした。多くの現代的な建築の洗練と冒険は勿論ですが、都市計画で人が安価に場所をとらず暮らせるアイデアに満ちていました。晩年には教会2つと修道院を建築して、ドミニコ会修道院長から「祈りを知ってる」と評価されたそうです。奥さんのために建てたちいさな別荘も本当に人柄を見せてくれました。晩年にニューヨークの国連ビルの建築を巡って嫌なことがあったようでアメリカでは唯一ボストンのハーバート大学のカーペンターセンターしか作ってないのでした。77歳でなくなられたコルビジェは日本語の本が沢山出てて建築家の夢のような存在のようでした。絵はレジエと友人で、午前中は毎日デッサンと絵を描いていたそうです。

 私はお腹が減ってしまい森ビルでヒレカツ定食を頂き、バスに乗り東五反田3丁目で降り、ずいぶん遅刻して中国語の授業に出ました。夜学なので遅れて来る人は珍しくありません。授業が終わると先週の土曜日テレビで放映していた「テレサ・テン」をDVDにとって皆のために配る方がいます。「いつもいつもで悪いわ。」とおっしゃる婦人がいて「ハンカチおじさんになってもらいために皆でハンカチかタオルをプレゼントしましょう。」と私が提案しました。
 台湾からいらして東京大学博士課程中の王先生もいつも自分でお作りのプリントやDVDを下さり、お菓子も皆で旅行行く度に持って帰ってくるのでもらい物の多いクラスです。中国語能力には差があり、できる人も出来ない人もいるのですがこのクラスには忘れていた学ぶことのの真面目さがあります。編入ではいる人には先生も30分前にきてプライベート・レッスンをしたり(無料で)本来あるべき学び舎なのです。

 ふと、気が付いたら私はコルビジェの建てたカーペンーター・センターで絵を学んでいたのですね。なんて環境のいい私なのでしょう!神さまには「ごめんなちゃい。ごめんなちゃい。不出来で!」と詫びたくなります。

 家に帰ると娘がお腹を減らして待っていました。今日は母の病院に行ってくれたのです。老骨に鞭を打っても、頭にガタがきている私としては秋から大学院生になる娘にはしっかりと勉強してもらいたいと思いました。ちゃんちゃん。