June 10th, 2007

6と9

陰陽の日。
天地の日。
和洋の日。
今日はバスケット教室で未来への展望があかるく世界に羽ばたく私たちの行く手が見えてきました。自分たちが何の為に頑張ってきたのか?
そして、私たちにできそうなワクワクすることが身近くになって、ウキウキしました。
企業秘密もあるのでここまでですが、人間の可能性はいくつになっても広がるんだなあと夢の実現に確信があったのです。
昨日買ったかわいらしいフランス製のバッグも私たちのバスケットにエネルギーを与えてくれました。昨日と同じように今日も幸せがある。そんな普通のことが嬉しい日々。
時間的に無理なのでスペイン語はお休みして、家で少し休み東日本橋にでかけました。

 ヨシアさんの「最初の晩餐」とのことです。
お久しぶりのシスター二宮にお会いでき、シスターとのお写真の記載されている「マリア・コード」と聖母子の絵の縁で生まれた「宇津保物語」絵本をお渡しできて一安心です。
ルルドの映像とシスターの素直な信仰に支えられた力むことのない聖ベルナデッタのお話は謙虚な気持ちをいざない皆の祈りを促しました。食事も手と心のこもった素敵な晩餐でした。ニュージーランドの原住民の方の蟻で空洞になった1本の木の楽器も素敵です。
 いつもの写真の説明と最近写された富士山の写真を何枚も見せてくれました。富士山の写真は本当に一幅の墨絵のようで静かでした。説明されて感心するばかりです。私は絵を描いてますが、あまり説明はいらないのが絵です。受け取り手が自由に受け取ればいいのですから。
写真展ではないのですね。とても特別な写真ということなのでしょう。

 シスター二宮は聖ベルナデッタの毎年500万人の訪問者の地の意味を考えられたそうです。「それは、弱い人。病める人。貧しい人が大切にされる地が天国のありように似たのである祝福ではないかと。」聖ベルナデッタは無学で貧しく、喘息もちで村で大切にされていた人ではなかったのでした。そして、このような奇蹟、病人の癒しとか不思議な出来事の本当の意味は私たちも神様に習って、ちいさなもの弱いもの疎んじられているものを大切にしましょうというメッセージなのではないかと思います。

 何かを見たとか何かが写ったこと自体はさほど大きな問題ではないのだと思います。
 神様のメッセージをちゃんと聞いたら、明日から貧しい汚いホームレスさんとか弱い手のかかる病人に何ができるか考え始め、行動せずにはいられないはずです。
自分も絵描きという道を歩んでいるのでともすれば、「自分が。自分が。」と先に出てしまうかもしれないのですが、イエス様おマリア様も自分を無にされ神の意思を生きられた方でした。そして、聖女ベルナデッタも文字が読めなくても品位低くならず、貧しくてもお金の無心をせず神の栄光に生きたことが、私たちの生き方を省みるメッセージになってます。可愛らしい御ふざけもする子供らしい子供。神様はそうゆう人を選ばれるのですね

 聖女ベルナデッタはルルドの聖女として大変有名になりましたが、本人が望んだものではなかったと思います。運命がそうさせたようです。それが彼女の美しさ、凛としたところなのですね。

 ヨシアさんの晩餐企画で多くの人がルルドを知る機会になったのですね。
そして、自分も聖女ベルナデッタには程遠いのですが、今生きる場所で彼女のようでありたいなと思いました。

 参列した人は何か感じたでしょうね。
 6と9はロックですね。岩ですね。
あの岩の洞窟に聖母が出現された事実が、私たちに謙遜と勇気。自分の信じた道をしっかり歩く。嘘をつかない。ずるをしない。世をなめない。真摯に従順に使命を果たすことを聖女ベルナデッタを通して学ぶのだと思いました。

いじめと自殺

 昨日の新聞を読むと相変わらず3万人を越える自殺者がいて、10代の若者や60代の方の自殺が増えてるという。 60代の方のほうは病気を苦にしてが多いとのこと。不治の病で介護知る人の負担を考えるとわからないでもない。10代のほうは世に対する絶望からだろうか?

 生きることはある種の摩擦に満ちている。
正しいつもりでも正しくない人が多い場合。正当な権利が無視される場合。解決の着かない問題がある場合。誰でも生きるのが辛いと思うはずだが。

 「いじめ」といえるかどうか、悪意に驚かせられる場合がある。ただの善意が「〇〇ほしさの行動。」といわれたり、まったく根拠のない中傷のための中傷もある。そのたびに「どうしてそんなことをするのかな?」と不思議に思ったり、「そんなことが楽しいのか。」とちょっと情けない人だと思ったり、こちらも忙しいので相手になってる暇がないというのだ現実だ。

 だけど自殺しようと思ったことはない。
例えば、絵を職業の私だが、認められなくても「こんなに多くの絵描きが世界中にいるのだもの。私程度はこのくらいだな。」とすんなり受け入られるし、多少の嫉妬や讒言も「仕方がないな。」と許容できる。

 「苛める人」の方の問題はなんだろう?
世界は残酷に満ち満ちていると私は思う。
生まれた時から他人との差異に気づかされる機会ばかりだ。母親がおっとりしてても「オタクの子、歩くの遅いのではないの?」などと言われ、いつの間にか子に鞭を打って無難なレースをしてしまうのが受験や就職なのだろう。それで上手くいかなかった場合、他人の子に火傷を負わしたり殺めたりする事件もあった。ちいさな問題は幼稚園や小学校では山積みだ。
「苛める哀しさ」は「苛められる哀しさ」より上回っているかもしれない。どっかで聡明さがあれば、「あの人より容姿は悪いけどあたしのほうがセンスがいいし。頭も上。」みたいなことで幸せが見つかるのだが、見るのが辛いから無視とか、苛めてやろうとかしたときに魂が壊れていくのだろう。
 魂の救いのために、上手に周りが他人の長所を褒め気づくレッスンが案外有効かもしれない。そして、劣等感を持たせないこと。何があってもだ。人間は皆、なにかがないのだから。
到底かなわない姿美しい人にはどんなに高価なクリームやエステをしても虚しい。どこかで自分の趣味にしないと傷つくことばかりだろう。

 「苛められる人」の問題は何か?
 婦人公論で「大人もいじめに苦しんでいる」特集が今出ている号なのだけど、女子プロレスラーの言葉で「はっ。」とした。「いじめている人は怖いのだ。」と。脅かされ、不安なのだと。
 私も最近、ひさびさに「いじめ」にあった。60代と70代のアーティストのおじさんとおばさんだ。とても好奇心が強く私のことを知りたがったが最後にはとても感情的になっていた。無視したり中傷したり始めた。客観者二人の相談すると「嫉妬だね。よくいろいろな問題を起こす人たちだから、気にしなくていいよ。」と言った。しかし、私側の反省もある。そうだったのだ。説明不足だったのだ。だから、不安で怖がって大人気なくいじめをしたのだった。
 若い時の私は、今より低次元な物に対して嫌悪感が強く、きっぱり去るとか黙っていたが蔑視的な気持ちだった。「思い遣り。」まで心がいかなかったのだ。それで、私は女性週刊誌を毎週読むのだが、人間感情をずいぶん知った。もっと、もっとおおらかで愛の人になるまで一生学びだけど。

 私のことをある出版社は「ご主人がお金持ちで好きなことをやれるのですね。」と思っていたと知ってびっくり!主人は貧乏だったし、たった一人の子供も「パパ、授業料払える?」と心配する家庭の経済力である。それで、説明をして「いいえ、私は主人から1円も貰ったことが無いし、自分の絵のお金は親からも援助してもらったことは1度もありません。おねだりもしたことがありません。」私はいつも、家事もしているし双方の親のお世話もさせていただいてる境遇で、大体5時間の睡眠で老骨に鞭打って働いている貧乏絵描きなのである。
 それで「セレブ!」とか言う人にあって「なぜ?私が?」と非常に驚いたものである。

 私に対するいじめには結構その偏見があって、娘が家庭教師をやって(数学の微分・積分を英語で教える。先方から頼まれ娘がアメリカでの家庭教師に習ったとき25ドル支払っていたので2000円でいいですかと念を押したのにもかかわらず)何回分も払ってくれなかったので1時間2000円を請求したとき、「怖いわね。」といわれ本当に驚いたことがある。部屋を掃除し、冷蔵庫に冷たいものをいれ、冷房かけ娘も数学の本を買って予習をしていたのに。
それで、私はボランティアでやってもらいたかったのか気がつき、そうなら始めから言ってもらえばと思ったがこれも「いじめ」ではないかしら?娘は「いらない。」「ママが払う。」まで闘争になり、私が考えに考えてやはり、払ってもらった。その家族は外車に乗っている裕福な家族であるから。

 自分の説明をちゃんとするのが「苛められない方法」のひとつである。

 「意地悪する人」を被害にあわず愛し続けるのには距離を置くことではないかと思う。
若い時はそれができなかったが、あるとき「暴力を振るう人とは付き合わなくて良い。」と自分に許した。私の初めての個展のとき私の顔を爪で引っ掻いた友人はこの世にもういない。わがままで生きてきてどうしようもないところで37歳で自殺していた。周りも悪いと思った。コネ、コネで夢のようなことが実現できていた人なのに、絵の展示会に著名な画家が下書きしたのに拡大し色を塗って出展していた。誰も注意しなかったが無責任な虚名が通じなかった時、周りのお膳立てが生かされない現実に絶望して自死したのである

 おズルが有効でないのが人生である。
 昨日良くても今日は保障されない。

 自分の世界は美術の世界なのだけど、運命は正直だといつも思います。
 はったりや人脈で描ける絵は知れていると思う。
 孤独なアーティストが絵だけ残して死んでその絵が素晴らしかったらその人は勝利者だ
 有名人や権力者に取り入って毒酒を分かち合っても何も残らないであろう。魂にも歴史にも。

 自分も娘を持っているので自分の分限で満たされて生きていくことを祈っている。
 

富士山と私

今、「富士コノハナサクヤヒメ絵本」を制作中なのだが、一応今日できることが終わったので筆を休めると、富士山は私にとても縁があったなと思う。20代に「日本経済新聞」の文化欄に記載されたのだが、私の「易カルタで天の声を聴く」の文章に右側に記載されたのは奥村土牛の「富士山」の日本画だった。
 1昨年出版した「宇津保物語絵本」と同じサイズで「富士コノハナサクヤヒメ絵本」を出版したいと思っているのだが、この絵本は絵本であるのにもかかわらず画集と一緒にとりあげられている。写真をプッシュすればするほど、画面が拡大されます。拡大してみていただくと琳派の本や「富士山」の本、「能」や「香道」の本など私の好きな世界の本と一緒に扱ってくれている。絵の分類にはいろいろあって、
なのもある。他人からみるとどうってゆうことないのだが、本人からみると、これは夢のようなことなのだ。拡大してみると、ここに取り上げられている画家たちはすでに著名人で歴史を残した大家たちなのである。絵本「宇津保」がここに記載されていることは信じられないようなこと。北斎や若冲、大観も載っているのだから。

 日々の地道かつ堂々巡り的な仕事を支えるのはこのようなことだ。自分は取るに足らない存在だけれど、誰かが見ていてくれる。そして応援していてくれる。アーティストの栄養はそのようなところから得るのだから。

 下の棺桶はアメリカで製作したもの。「なぜ富士山を棺桶に容れたの?」と質問され、「多分とてつもなく愛しているから。」と応えたかったのだけど、富士山を汚してるものへの怒りを表現したかったのである。
 物つくりは前作よりいい物を作るのもプレッシャーだ。自分で自分にプレッシャーを与えているのだが、あるところはいいような気もするし、そうでないのもあるのでまだまだ反芻して推敲しなければならないだろう!私なりに産みの苦しみを!