June 17th, 2007

最も偉大なことは普通のことをちゃんとすること!

 今日は父の日。
 私たちの家族は私の父には有形無形のお世話になっています。つい最近、大学院に合格した娘に祝い金を早速くれた父に、娘に「ちゃんと感謝を伝えないとね。」と促し、父のお碗が欠けていたので、娘はお箸や茶碗、お碗を買ってきました。いつも父の衣類のアイロンかけをしている私は結構衣類のほころびも知っていて、上手に古いものとおさらばしなくてはと思ってました。
それで、お洒落な白金通りでイタリア製のガウディブランドでポロシャツを買いました。表はグレイと白の縞なのに、首周りやポケットに中が素敵なハイビスカス・オレンジ。87歳だってお洒落でないと!それで、父の日のプレゼントにしました。

 元気で背もしゃんとして、社交ダンスをたしなむ父ですが「ハッ。」とさせられることもあります。昨年の12月、いつも行く中華料理屋まで同行したのですが、道を間違えたのです。それで、家族会議を開いて、車の鍵も取り上げて車も移動しました。せっかくいい人生を送ってきたのに、晩節を汚したら惜しいもの。80歳のお姑の方も母の日の家族会議で鍵を取り上げ、大好きなテニスも電車に乗って出かけるようになりました。雨のときは若い人が駅まで車で送ってくれるそうです。

 今日の食事会は主人は仕事?で行かなかったのですが、買い物して帰ってきた私が「父はやっぱり、老いてきた。心配になっちゃった。」と言ったら、「そうだろう?」と主人。3時頃に先週の疲れが山積みだったので2時間のお昼寝をしたのです。娘がるんるんしてます。大学院への祝いとしていつも主人におねだりしていた通学用のバッグを持っていて、「パパが高島屋で買ってくれたの!」と言います。「良かったわね。」おばあちゃまと食事会の後、娘は近くの東急ストアで買い物をしたのですが、パパが車に乗っているのに出会い、娘がこの間主人の普段ズボンを引き裂いてしまったので(私は若者の真似をして腿が見えるようにしたのかと思いました。)、代用のものを買いに行くので付いて行ったそうです。それで、買ってもらったそうです。

 「ああ。それはね。私が父が老いてると心配してたのを知って、自分が年とったとき娘にやっぱり心配してもらいたいたいと思ったからだと思う。」と私。

 母が入院しているので、老人ホームのような病室で数字を数えたり手の運動したりしている老人たちの姿をよく見ます。淋しいけれどでも人間の尊厳を失ったわけではない。厳しい人生をそれぞれ一生懸命生きてきた尊い老後の姿です。

 私の母は倒れる前に「もう、欲しいものは無くなった。幸せ!幸せ!」と言ってたものです。
長い人生いつもいつもハッピーだったとは限りませんが、最晩年、そうゆう心境に行ったのでした。父はかなり若い時から神様のような人で母親と比べると忍耐の人のように思われましたが、老いに例外はなく記憶だ薄れる瞬間もあるのです。「お前は父親のところに泊まりこんで介護したらいいよ。」と主人。「じゃあ、自分の母親のほうは責任もって看てね!」と私。
家族構成はこれから人生の頂点に向かう娘と老老介護をする私たち夫婦でできてます。
地上で起こる憎しみの連鎖や杜撰さの起こす連日のトラブル。それは、遠いものにも思えます。目の前のことをしっかり、感謝し、償い。出来ないことは謙遜に認め、できることは一生懸命にする。この中で私たちは地獄に行く道と天国に行く道を選択するチャンスがあると思うのです。

 「私ばっかり。」とか。「両親と同居するなら離婚です。」とか「収入〇〇〇〇万円以上の人で無いと。」とか地獄の道は広いのです。「お金があれば、好きなものが買える!」「二人だけの綺麗な暮らし。」とかの道の果てに、神様はちゃんとレッスンを用意してくださいます。

 私の経験でも、なんと美男美女のカップルでお二人とも留学経験ありの高学歴の資産家のお子様たちの子が謙遜を学ぶためにお金でも地位でもコネでもどうしようもない試練を得る子が生まれたりするのを見てきました。気づく方は「さすが!」と思うほどに、人格に丸み、優しさが加味され素晴らしい成長されることになり、気づかない方は、世を恨み、嫉妬し、自殺された方もいました。

 私は子供の頃より、今のほうが幸せです。
少なくても、生きる意味がわかってきましたから。

 私は日常がどんなに忙しくても、両親の世話や家族との時間はしっかり取るようにしてます。プロ・アーティストとしては甘いでしょうね。夜のお出かけはないですから。パーティも出ません。それで、駄目な仕事なら、たいした仕事でもないと思ってます。

 私の仲間たちも同じ考えの方ばかりです。両親の介護の為なら、仕事を休むのは当然と思っているような方達です。私たちは何の為に仕事をし何のために励むのか?頂いたものを社会に恩返しするためだったり、子供たちに少しでもいい社会を残して生きたいという人類の本能ではないかと思うのですが。やり方が違っても、同じ思いならきっといつか繋がるでしょうと思っているのですが。

 お父さん、本当にありがとう。長生きしてね。