June 20th, 2007

日本から発信して世界へ!

 今日は、水曜日で英語にレッスンの日。昨日、出版社に出した原稿だが校正もあるので、ティム最後の原稿チェックを依頼した。明日の夜の中国語の後までにチェックしてもらうことにした。
 ティムはオーストラリアから来て1年たった。契約は終わるのでイーオンはやめで出版社に勤めたいそうだ。日本で翻訳や英語の出版物を出すところなのだろう。それで、「コノハナサクヤヒメ」にティムの名が出るので、面接のときに持っていってというと嬉しそうだった。ティムは品性が高くお金に卑しくない。だから、少しでもティムに役立てるようにしたい。出版社をすることになったから、大きくなったら一緒にしようねと話す。本当に文化的なことに興味があるし、日本のことも凄く勉強しているし、誠実なのでいいエディターになると思う。

 私の美術大生のときからの夢は国際的なアーティストになることだった。しかし、臆病だったから、日本でそんな雰囲気のところをうろついていたに過ぎない。
しかし、人間の思いは実現するようになっているらしい。なんの宣伝もしなかったが、いつも向こうからチャンスがきた。私を一番最初に記事にしてくれたのもアメリカ人の婦人記者だったし、作品を扱ってくれたのもホテル・オークラの中のアメリカ女性の経営する画廊だった。
あの頃20代の前半だったせいか、皆親切で先輩アーテストたちは気前よく自分たちの顔の聞く画廊を紹介してくれたものだ。

 この頃はなぜかこじんまりとしたスケールの人ばかりになってしまった。画壇が厳しく不景気風が吹いているらしく、次々と消えていく。あの頃も厳しく大きな現代美術の画廊が潰れて、風の便りにオーナーが自殺したと聞こえてきた。とてもでないが価値のさだまらないもので大きな博打を打てなくなったのか、この頃作家に出費させるイヴェントが多いようだ。夢みたいなことはそんなに起こらない。自分への戒めでもあるが。

 好きなことができる幸せ。
 好きなことで食べれたら多いに感謝。
 好きなことを他の人にもしてもらいたい。
 好きなことをして他の人も食べられるようになったらいいな。
 好きなことをする人ばかりになったら、
 他人に嫌なことをしたり、
 他人に嫌なことをする人が居なくなると思いますけれど
 どうでしょう?

 日本から世界に発信することは何?
 八百の神のいる国の民は心が広くて争いが嫌いです。

 いいじゃありませんか?
 あなたと私が違って!
 あなたにはあなたのやり方があり
 私には私のやり方があっても。

 でも、あなたが私を好きなように
 私もあなたが好き!
 あなたが好きなことをして喜んでいるのが好き!

幸福バランス

 私がかなり好きな本に「裏表人生録」毎日新聞出版がある。阿佐田徹也著。「麻雀放浪記」を書いた人だ。2つの名前を持っているが、昔、毎日新聞の日曜版に連載されていた

 私は日曜日が楽しみで楽しみで待ち、本が出版されると本がバラけるまで読んだ。
彼は博打から人生の法則を学んだという。

 例えば、一人勝ちは出来ないとか、6分勝ちぐらいの人間が本当は1番強いとか、1番いい勝ち方はスケールで勝つとかだ。

 一番危険なのは実力以上に勝ってしまうことで、そのつけは最悪の場合、命取りになるという。
何か欠けてるのは凄くいいことだという。その欠けたものが命を救うという。

 そうして、近視眼で物を見てはいけないという。
親子3代のスタンスで物事を見ていかないといけないという。

 あれだけの愛読書も今は手元にないので、名前など違っているかも知れない。

 私はずいぶん影響を受けた。私にはとてもわかりやすかったと思う。

 それは、運の配分のことを書いてあった本だった。
 例えば、願掛けのように自分の最もやりたいことのために他を全部犠牲にすること。
 恥をかくとか、無視されるというのはいいことらしい。その分が大きな幸せに加算されていくという。幸せはトータルで考えるべきで、例えば一生回復できない傷のようなものは負うべきでないという(出来れば)。

 なぜ、そんなことを思い出したかというと、1昨日渋谷で39歳の青山短大を出た美しいやり手の女社長の「シエスパ」温泉スパが爆発したからだ。そして、従業員3人亡くなった。2人は若いこれからの娘さんだった。勿論、年取ればいいってことではないけれど
 
 女社長の洗練されたヘヤ・スタイルもルックスの良さも身のこなしのエレガントさも、憧れの対象だったのではないだろうか?39歳にして、渋谷に自社ビルと若い自分を慕う従業員たち、ビルの上の1500メートル掘る温泉はアロマのいい香りと共に、大変気持ちのいい満足のいくもんだったそうだ。集客力も凄く順風だったそうだ。天然ガスさえなかったら。爆発さえなかったら。死者さえなかったら。

 今日の夜、「チェルノブイリの恐怖の真実」を4チャンネルのザ・世界仰天ニュースでしていた。この広島の500倍という威力の恐ろしい原子爆発は、ある劣等感の強い学者の野心から起きたという。そして、更に怖いのは長い間ロシア政府は隠蔽していたことだ。情報の無知から被爆しなくてもよい人、借り出された村人まで被爆して死者は5万人を超えた。

 私が怖いと思ったのは人間である。彼の野心に止めようとした人はたくさんいたのだ。しかし、それより、安全性より自分の名を上げたいと思う心のほうが強かったのだ。

 つまり、もはや正しく物を見る目が曇ってしまったのだ。

 こんなことが起きて、美人社長の人生も厳しいものになるであろう。
 私も思った。人間には本当に何もかも揃った人っているのだ。そして、ちょっと自分が引け目を感じさせられてしまう人。でも、心のうちはどうだっただろう?チェルノブイリの学者のような心が芽生えていたかもしれない。業界でトップとなる為に何か大切なものから離れていたかどうかは神のみぞ知るである。

 人生には何度が自分の力量や客観性を見つめるときがある。
結婚や学校を選ぶとき、自分の程度を考えるのが普通だと思う。あんなに素敵な人はいいけれど、自分にはこれくらいが妥当とかね。そうでないと、無理がドッカで破綻する。
でも、人間には、欲も自惚れもある。他人の言うことだけが真実でもないから、自分を見る目を培うことが大切だ。(無理して、破綻してもいいではないか?という考え方も認める。)あくまでも自分の場合はである。

 自分の心がけのひとつ。
 あまり儲からないようにしている。でも、働くのだ。
 かっこよくしない。(かっこよく出来ないのだが)
 そして、与える以上貰わないのだ。
 栄光も、報酬も、、、。
 それでも、なにもわかってないかもしれない。
 人生にはとてつもない罠と慈悲があるから。