June 27th, 2007

旅の続き

 今朝は北海道から電話がありました。石狩の風舞さんから直ちゃんにも「マリア・コード」をサイン入りで頼んでと電話があったそうで、恵さんの分と2冊のオーダーです。

 更に、羽田空港から直ちゃんは携帯で電話をくれ、時間を間違え予定より1時間前に着くとの待ち合わせの時間変更です。

 私はゆっくり郵便ででも送ろうと思っていた本のサイン本を探すことにてんやわんやでした。更に品川駅の新幹線の入り口は4箇所あってアナウンスしたり、南口、北口、西口と入場券ではいったものの直ちゃんの姿はありません。急いでいたので、プリントアウトしたばかりの彼女の携帯番号も持っていなかったのでした。せっかく本3冊持ってきたのに!

 思いついて自宅に電話をすると、娘が彼女の携帯番号を聞いていて品川駅から電話をして、ようやく会うことが出来ました。時間がなくなってしまったので喫茶タイムは飛ばして、ホームで並びながらしっかりとハグしたり、本やカードをお渡しして彼女から朝市で買ったばかりのアスパラガスのホワイトやグリーン、オニオンのスープを戴きました。「こだま」が来て熱海に下りることを確認して見送ります。

 無くなっていた洗剤やお昼のしたくを用意して家に帰りとかなりの暑さでどっと疲れが出てきました。品川駅では、ずいぶん行ったり来たり焦ったりしたものですから。



 4時にはイーオンに行ってティムとのグループレッスンされど、私一人しかいないのでプライベートレッスンを受けました。六ヶ所村で買った漫画になってる小冊子をプレゼントして処理工場の話をしました。ティムも危険過ぎて、オーストラリアでは反対で1箇所もない話などシェアしてくれました。

 旅行好きのティムは交通手段に興味があって、夏には北海道に行きたいようで話の展開はそちらに。更に、およそ12時間近い汽車旅行が退屈でないかという話になりました。待ち時間の多い旅でしたが、逆に多くの読書タイムを持てました。
 1冊は野辺地駅のキオスクで買った「あきらめない」鎌田實の本です。医師としてのあり方やチェルノブイリの救援活動などの視野の広さ、生い立ちからの謙虚な人間としての行き方などとてもいい本でした。中卒の父親に貰われ育てられたかなりの年齢になるまで彼は知らなかったのですが、決して驕った医師にならないように養父に育てられたそうです。
 多くの末期の患者の生き方や、不可抗力で妊娠させられた若い娘が生まれた子と友に母親として成長していくだろうと予感させられた章やとても人間の素晴らしさをたくさん紹介されてる本です。

 どの章も素敵な人間たちの死を迎える姿を紹介しつつ人間の神秘に医師としての驚きや敬服があります。

 しかし、私が一番気になったのは「瀬戸際に光る命」の章でした。正治さんとう肝細胞癌と5年闘った患者さんのことです。ホテル経営、諏訪湖の浄化活動をしながら、第二次世界大戦はなぜ起きたのか誰の責任なのか黙々と書き残そうとした人です。
1945年8月15日、北スマトラのメダン飛行場に日本が無条件降伏した後の9月2日にジェイコブスというアメリカの軍人が落下傘で降りてきたというのです。連合軍の捕虜の命を守る為の親書を持ってきたのでした。生き恥をさらすことを潔しとしない日本文化と違い生命を大切にする考え方に深い驚きと希望を感じたそうです。戦後、正治さんはジェイコブスに数度会い親交を交わしていたそうです。
 正治さんは、日本軍の中に自暴自棄になっている兵隊を見た。連合軍捕虜に対してひどい仕打ちをすればするほど、残虐な行為を行った兵隊ほど自分を失っていたという記憶からこんなことを書いてます。

 p68.
 戦争というものが自分の行為を見えなくしているのではなく、自分の行為が、人間として恥ずかしいことであると感じていたのだと思う。自分の行為の意味をすべて承知していたのです。だからこそ、彼らは人の何倍も脅えていた。
みんなわかっているのです、してはいけないということを。人間の業なのでしょうか。人間って悲しいですね。

 私はこのところがかなり気になりました。
 人間は恥ずかしいことを感じていたというのは救いもあると思いました。
そして、魂はその時に地獄にいたのでしょうね。

 私にとって、六ヶ所村の処理工場は同じ問題を抱えていると思われました。知っているんです。危険なことも誰か弱い人たちが犠牲になることも。恐ろしいこと!だから、脅えなくてもいいように今止めなくては。

 医学としての不思議は、精神の持ち方が時には薬物や手術より有効だということ。健康をたもつための食べるものや心のあり方や生活習慣が少しづつわかってきたようです。札幌の自然食のレストランでいただいた小冊子にはそんなことが書いてありました。


 私にとって2度の長時間の汽車旅行の収穫は、もうひとつあります。
好(ハオ)スクールの孫先生に頂いたNHK出版で出してる「30日でマスターできる中国語の基礎」の本を1冊、終えることが出来たのでした。車掌が切符を確認する以外は一人旅というものはすることがありません。それで30課からなるテキストの後ろからやり始めました。六ヶ所村から帰って野辺地駅前のスーパーでノートを1冊買いました。構文を写し、練習問題を解きながら29課、28課と進むのです。
 退屈したら車内販売の売り子さんから珈琲や甘いものを買って休みます。退屈よりましなので中国語のテキスト本を開くことになります。帰りの上野駅あたりで1課が終わりました。だんだん優しくなるので楽しみにして頑張ります。老化した頭ですからすぐに忘れるでしょうが。

 他に「新潮45」と「婦人公論」をリュックに詰めてました。気分転換に読みました。
小さなリュックに着替えを詰め担ぎます。エコバッグにお土産を買ってはプレゼントしますので畳んでしまえます。肩からは以前に買って遣わなかったバーバリーのショルダーをかけて取りやすい中国語テキストなどはここに入れました。化粧ポーチなども。

 旅行を経済的にするのは割りと上手です。札幌で地下鉄券を1000円のパスを買って、最後に早朝6時までに札幌駅に着かねばならないとき、ホテルマンは「タクシーを呼びますか?」と尋ねてくれたのですが、「いいえ、まだ地下鉄の券が残ってますので地下鉄で。」と言ってリュックを担いで駅まで。追加30円払ってちょうど券は使い果たしました。

 リュックを背負うのは重いですよ。しかし、こうゆう重さをはしょおらないことが私にはとても大事なのです。長い間、重い陶芸の作品を持って運んでいたので意外と力もちです。
自分のものは自分で持つというのが私の生き方です。


 今日は5日間留守にした家の掃除と食器などの洗い物や洗濯に明け暮れました。

 自分のことと家族のこと。
 自分の仕事と他人の仕事。
 私的にはとてもいいバランスなのです。
 今夜から制作です。終わりのないアートの旅に生きてる私はほとんど休む間もないのです。
業といえば業なのでしょう。しかし、自分の業は嫌ではありません。むしろ、感謝したいものです。