June 29th, 2007

冤罪の怖さと魂の品格

 今日は週刊新潮を読んで考えることがあった。
 「梅田事件」といわれる梅田義光さんがなくなられたことを報じた欄だ。

 昭和25年10月10日に、北海道北見市で行方不明になった20歳の営林局員が2年後、別の強盗殺人事件で逮捕された羽田竹男の自供で遺体が発見された。このとき、羽田は共犯者として梅田義光さんを名指した。昭和27年10月2日、令状もなく梅田さんは逮捕された。軍隊で3ヶ月ほど、同じ中隊にいただけの面識のない人だが、自分の罪を軽くするため名指した。警察は顔面が変わるほどのリンチで自白を誘導した。梅田さんは素行もよく、評判の働き者だった。逮捕されたとき、結婚から1年もたたず妻は身重で、子供は生まれてすぐ無くなり、離婚した。
 何の証拠もなく有罪とされ羽田も梅田さんを共犯者に仕立てたことをもらしたりしたが、昭和35年に羽田は死刑になった。弁護士の中村義夫さんと竹上半三郎さんが弁護を続け、再審請求に奔走した。やがて日弁連も全面的に協力して逮捕から18年7ヶ月ぶりの昭和46年5月に仮釈放された。この間に父親は事故で無くなり、母親と同居。大工ヲしながら、再審請求のために拷問した事実を認めてもらう為当時の刑事の家に通う。

 仕事を廃品回収に変えたが、お人柄で北見の人に信用され励まされた。再審開始を目前に母親は死ぬ。61年についに無罪を勝ち取り、逮捕から34年たち梅田さんは62歳になっていた。

 支払われた刑事補償金は4800万円ほどらしいが、手弁当で奔走してくれた弁護士たちにお礼として包んだ。70歳まで廃品回収の仕事を地味になした。平成12年に喜多見の老人ホームに入り、3年前から前立腺癌で入退院を繰り返し6月20日に82歳で逝去

 「国家賠償を請求せず、誰も恨まなかったです。冤罪を生む代用監獄の問題について講演をしてました。」弁護士の鶴見祐策さん。



 こうゆう話は一番辛い。梅田さんの半生と両親、妻の悲しみを思うと軽率なエゴイスティックなそれぞれの罪に憤りよりも悲しみを覚える。強盗殺人をした上に罪の無い善人を巻き添えにした羽田は問題外だが、警察の何人かは手柄や楽を選ぶ為に一人の人生を殺してしまったのだ。地獄があるなら、地獄にいくのだろう。

 梅田さんは、誰からも素朴で誠実で信用されていたという。羽田が直接に口を開いたことも無い間柄の梅田さんを名指したのはなぜだろう?自分とはあまりかけ離れた人格に憎しみのようなものを持っていたのではないだろうか?
 あの時、イエスに処刑を命じた群衆のように。

 梅田さんの魂の気高さは長年の刑に少しも汚れず卑しめられず、誰も責めず謙遜に他界された。失ったものは何も無かったかもしれない。気高い魂は神に愛でられ、使命を全うした評価を天国で賛美されているだろう。

 卑近の自分の人生でも、言われ無き中傷というのは案外あるものである。
 例えば、最近大学の同級生のある人が私は離婚をしていると流布していて、「えっ?離婚してませんよ!」と話すと大抵の人は驚く。痛くもかゆくもないので、言わせておくが犯人はそれで、私を貶めた気分なのだろう。離婚は恥ではないし、私の場合離婚してないだけのことだ。しかし、なぜ、そんなことが楽しいのだろう?忙しいのでかまう暇も無いが名誉毀損で訴えられたらそうするのだろう?

 中傷には、いろいろあってこうゆうのもあった。私は父譲りのおおきな二重まぶたなのだが、「整形ですか?」とか言われて「ええっ。」という感じだ。顔にクルームも塗らないずぼらな私がお金をかけて顔を弄るわけないではないか?

 しかし、命にかかわることは鷹揚にはしてられない。
 「人を殺すなかれ」というモ-ゼの10戒のひとつは、真意において人を否定したり貶めたり卑しめたりすることをいっているのだと思う。

 私たちは毎日、罪を犯しているだろう。
 他人に愛よりは無視や蔑視の視線を放っているかもしれない。
わざわざ、銃や刀で殺しにはいかないだろうが気に食わない友を評価しなかったり、人が自分より良いことになってるときに嫉妬したりするのも「人を殺している。」と同意語だと思う。

 梅田さん、見事です。
 天国は義人を尊ぶところです。
 きっと幸せですね。