June 30th, 2007

麻のおみくじ版画から麻の教会へ!平和の為に生きてきた!

 大学を出てから、初めての個展を渋谷西武デパートの地下通路と1階の脇のMy Galleryでしました。そのあと、自由が丘画廊で版画オークションがあり「おみくじ版画」を発表したのです。麻の葉の千代紙に2年続けてひいた出雲大社の同じおみくじの二十六番大吉です。卒業制作の天国と地獄の襖を開けて「あなたに大幸運を送ります」のメッセージです。もう、今から35年よりも前のことです。でも、趣旨は変わってないですね。偶然選んだ版画の番号が47番さつきでした。おみくじ版画このときは気がつかなかったのですが、なぜ麻の葉模様だったのでしょうか?この絵柄は日本では赤ちゃんが生まれた時の産着に着せる縁起のいい柄です。メッセージには籠められた思いが含まれているものですね。最近になって私はバスケットを編むようになり麻の糸を使うようになりました。それで、アメリカのボストンで、ハーバート大学のネーバース会のコンペで2003年の秋に1ヶ月個展をすることになったとき詩を書きました。 その詩は平和のためにバスケットを編むというものですが、アメリカ人のチャールズが気に入ってピ-プル・ツリーに送ってくれたようで、後で浄化塾の佐藤君から教えてもらって検索したら出てきました。Ruiicoで検索すると英文ででてきます。People Tree に記載されてる詩。読みづらかったらプッシュし続ければ大きくなります。
 アース・デイに東京でも六ヶ所村でも参加するとフェア・トレードのものが売られています。その国で取れる材料を使って公正価格で取引し、手仕事で民族のものを紹介する他、その地に住む女の人や子供たちの生活を支えているのです。それは私の価値観と一緒だったのでピープル・ツリーに詩が載せられて本当に嬉しいです。それと、応援しているホームレスの支援雑誌の「ビッグ・イッシュー」にもよくピープルツリーの記事が記載されてるので方向が一緒ですね。誰でもが幸福になる道は近いところにあると思うのです。そして、誰でもができるやり方で幸福になれることを確信しました。
 自分がアメリカで住むようになって英語を最初に夏に学び始めた頃、世界に頒布される語学案内の表紙に自分の写真が出ていてびっくりしました。しかし、後で、大きなメッセージがこめられているのがわかったのです。
 日本人は平和を知っています。平和のために白い光が日本人に期待してます。私の日傘はその白い光を象徴していたのでした。アラブ首長国連邦のミリアム(当時、カイロ大学の大学院生)、ウクライナの17歳だった娘。肌の色は黄、茶、白だとしても平和の為に繋がって英語でコミュニケートできるのです!そのために左にはラテン語でVARITASつまり真理と書いてあって、神様は名もない私を選んで世界中にこの案内を送ったのですね!世界には救いがあります!そして、名も無い私を使われたのはさらに意味があります。

 やよいビッテルさんのご主人はドイツ人のサンスクリット学の教授なのですが、このやよい夫人の抜擢でおよそ3年間、ハーバート大学の教授夫人やスタッフの方の日本美術や文化の紹介を勤めてきました。学長の邸宅でセロモニーで紹介した百人一首です。

 
 私はごく平凡な娘でした。お勉強も普通かそれ以下で生きることの意味も見出せなかった。
ですから、神さまはもっと効率のよい優秀な人やすでに有名な人をなぜ選ばないのか不思議です。

 人間社会には誤った観念があり、それはとてつもない怖いことをします。
例えば、このハーバート大学の夏のクラスを8週間受けようと思った時、ある若い京都大学を出た奥さんが私を捕まえて「あなたには無理だからやめたほうがいい。」ととても、親切に何度も通告してくれました。クラス分けテストは大まかに5クラスありました。私も彼女もcレベルです。真ん中の大学受験レベルといわれてるところです。私は不思議に思いました。「ハーバート大学の試験管がいうのならわかるけど、なぜ彼女はそんなことを言うのだろう?」自分のお金でアメリカで勉強することがどこが悪いのかと。
 8週間、私は小学5年生の娘もいて、夕飯の支度もしなくてはいけなかったし掃除もしていたので確かに大変でした。でも、ついていけないことはなかったのです。先生も気を遣ってくれ自宅に私達家族を呼んでくれました。皆で国毎の料理を紹介して1冊のクッキングブックを作ったときには表紙には私の絵を使ってくれたのです。
その授業の最後のパーティの写真が翌年のサマークラスの表紙に使われたのです。ポスターもありました。キャンパスで自分の写真が出ているポスターを剥がして持って帰りたい衝動にも駆られました。でも、しませんでしたけど。

 京都大学を出た人は私学を出た人に自分と同じ楽しい経験をさせたくなかったのでしょうか?自分より能力が低いと思い込んで無理だとおもったのでしょうか?
でも、、、。私はこう思います。世の中には学歴をあまり重視しない人っているんですよ。例え、受かっても行かない選択をした人をたくさん見てきたのです。受けようとさえしない人の中に輝くものをたくさん見てきました。

 こんなこともありました。昔、37歳の頃にパリで個展をするためフランスに行きました。2歳の子を連れて行きました。ビザを取る為にフルタイムのユーロという語学学校に3ヶ月申し込みました。前後2ヶ月は滞在できました。そのとき東大を出たという人が一緒に来て同じ語学学校に行きました。その学校を紹介してくれたのも彼女でした。彼女は私を捕まえては、長い構文を使って私のフランス語を直しました。私より若い人で7歳くらい下でした。私は心秘かに「なぜ、この人はこんなに長い言い回しの文章を使うのだろう?」と思いましたが、親切で言ってくれるのだろうと思いましたので感謝してました。
 同じテストを受けレベルのクラスわけしました。28段階あるうち、私は上から2番目のクラスでした。彼女は上から4番目のクラスで、1番上はスーペルブと呼ばれる最上級のクラスでした。そのとき、彼女は大変驚き1ヶ月間口を利きませんでした。さらに他の日本人を捕まえて「あの人に気をつけなさいよ。凄い才女だから。」と言うのです。私学出は東大出に気を使って力を抜くべきだったのでしょうか?
 
 私の意見は人間はそれほど差がないというものです。たまたま大学に行ったとしてもそれほどのことかどうか?と思います。私は中卒の方や高卒の方に聡明さや品格を見出して襟を正すことがたくさんあったのですから。まして、自分より年齢の高い人にそんな態度をとったら、私の家では凄く叱られたものです。

 それで、私はアジアだからとか女性だからとか私学出とかで差別を受ける度に、差別のくだらなさインチキさがますます嫌いになりました。

 麻の蚊帳の教会は天空の目に見えない教会を表現してます。
人類は皆、手を繋いでその目に見えない教会で無防備にともに眠りましょうと提案した制作を2001年の4月に発表したのです。それはテロの半年前でした。


蚊帳のイヴェントは8月11日から12日までありますが、そんな祈りに賛同した方に参加してもらいたいですね。

私は何の為に生かされているのでしょう?
 私は自分と同じように、決して強い立場でなく特権を持ってない普通の人が幸せになる為に生かされていると思うのです。
私にはだから、多くの無念の思いが私に届きます。
一生懸命生きていたのに、報いられない人がいたら報いたいです。
正しいことをしてきたのに評価もされず陥られてる人がいたら引き上げその人の真の評価を返したいです。
 私は、知力も体力も凡庸です。
 しかし、まだ見ぬ同志のために少しでも役にたちたいと思うと、やはりエネルギーが出てくるのです。
 私の出版社はそんな人たちの声を聞くものでありたいですね。
詳細はプッシュすると大きくなります。