July 5th, 2007

人生の選択肢

 昨日は、ある画家の本を読んでいた。
 下着デザイナーの鴨居羊子さんの弟の鴨居玲という昭和60年9月7日に58歳で自殺した画家の伝記だ。
 彼の「教会」という作品はミッテランに買い上げられた。金沢、神戸、フランス、ブラジル、スペイン、イタリア、昭和60年代には2ヶ月に1度の割合で自殺未遂をしていたという。

 彼はハンサムで非常に女性にもて、姉や母親や友人から無心をして絵を描きつつ、それなりの評価もされて自由に生きた人だった。私が気になったのは、すでに58歳より1年あまり生きてる私としては「なぜ、自殺したのか?」という素朴な疑問だった。

 彼の絵はデッサンがちゃんとしていて重厚な重い作品だが、人間は軽かったという。
個展と連続の受賞と昭和44年には安井賞を受賞していて、専門的には安定した作家だといえよう。しかし、安井賞の作品には盗作の嫌疑がかけられていて三越のメキシコ美術展に出品されていたラファエル・コロネルに似ているのが問題になった。又、審査に多少のコネクションも疑われたという。

 人間がかかわる組織や判定はなかなかフェアであることは難しいが、彼はなぜ生きてよりいい作品を残そうと思えなかったのだろう?

 私は画壇の集いには恐ろしく離れていて、人間らしい駆け引きや工作や野心に興味が無い。
しかし、ちょっとかすっただけでも未だに生臭い売り込みや野心のとぐろが巻かれている世界なのだ。

 鴨居玲の父親は編集者で早くして亡くなり、姉の鴨居羊子と夢をもって切磋琢磨した青春でそれなりの評価もされパステルがなどは人気でよく売れたという。しかし、彼のピエロの自画像や白いキャンバスを囲んで友人たちの居る遺作が暗くどこかこの世をおちょくっていて、真摯な感動や心洗われる作品ではないのも事実だ。私にとっては感動がない絵だ。達者ではあるのだ。

 彼は日本人離れした彫りの深い容姿で、本人も目立つことが大好きだったとか。
彼はなぜ「教会」を描いたのだろう。自分の人生を肯定できなかったのだろう?

 あまりにも多くの画家が同じように美術教育を受け生命をかけて精進し、運命に裏切られて死ぬ。自分も絵を描いている画家のはしくれだからわかるのだが、あまりにも残酷な仕事だ。
純粋に絵を描くだけで至福な人はどれだけいるか?売れるためには美術界に媚を売り、時には女を騙し、パトロンのご機嫌を取って絵を売っていくしか食べれない人たちがいる。そうして、上手く行けば行くほど、代価のようにある絵の品格が落ちていくシステムだ。それだけ心が映る仕事なのだ。

 誰の人生であっても私達は人を裁くことはできない。しかし、当人だけは生き様の確実にツケを払っていくことを知っているのだろう。

 成功には罠がある。
それは、美しい女がそれゆえに落ちる人間としての罪深さのようなものだ。
成功しなかった真摯な画家がいるとしたら、その人に神の霊が宿っているかどうかも人間にはわからないところだ。

 久しぶりにスタジオに入り、掃除をして油絵の道具を出した。
描きかけの3面体のキャンバスに夏のイヴェントのイメージを描いた。
「おお怖!描けるだろうか?」
魔法が効かないと乗れない!
私は天使の力を借りて、天使の羽や金属のちいさなハート型のモチーフを寄せた。
頭の中で、次の色が浮かぶ。不思議だ。
次にする工程もわかる。
冷房も効いて自分の短パンはこの間「無印」で買ったばかりなのに油で汚してしまった。
それはいいのだけど、
小さなキャンバスでもら油絵の具を溶かして「この色でもない。この色でもない。」と
話かけてると、部屋空間が私にぴったりとしたものになる。

油絵の具が乾くまで待って
明日続けてみよう!

よくわからない。私も自分の仕事として画家を選んだが、
死のうとは思わない。
せめて、長生きして昨日よりいい仕事をしたいと思う。
59歳。この年でも、まだまだ、やりたいことがたくさんあってこんなレベルでは死にたくないと思う。もっとましな仕事をしなくては死ぬ権利すらもないような。

日々、試されている。
どの選択肢も自由に選べる。
私はこう思った。
私が選べる道だけでも数万数億の選択肢があって
どの道を選んでもいいのだけれども
最良があるのだと。

今日は「桜の家」の不思議なコンサートで遭ったおたえちゃんの友人のミィちゃんに会った。
品川のホテル・パシフィックのロビーで会って、30階のラウンジでお茶をした。私達以外の客はいなくて大きな窓から東京タワーが真正面に見えた。帝劇の「レ・ミゼラブル」の券をプレゼントして、「マリア・コード」をお求めだったので家中探して1冊見つけてサインして「宇津保物語」絵本と持ってきた。みぃちゃんと私は同じ様に感じるところが多々あった。2人とも結婚は晩婚だし、自分のしたいことは自分のお金でするという考え方も似ていた。みぃさん
はその劇が見たかったのだとゆう。私も頂き物なので無駄したくなかった。みぃさんは本2冊買い上げてくれて、お茶とケーキもご馳走してくれた。私はそのまま、清泉女子大の中国語教室に歩いていった。通り道にバーゲンをしているお店があって、覗いたらシャーベットオレンジ色のカーディガンが売っていて70%引きだったので、買ってしまった。余っている時間は学校近くでイタリアのブラッドオレンジジュースを飲んでややリラックスし夜の学校に行った。
眠くて眠くて首が時々落ちてしまうので、授業後の中華レストランでのお食事会はパスした。
東急でパンを買って、安全第一でタクシーで帰った。娘と軽食の夕飯を頂いて主人が帰るころにはテレビの前の椅子の上で寝ていた。
 今日の選択肢はどうだったか?
 メールにマリア様の形になった蝋燭の写真を経過順に送ってきてくれたシュタイナーを学ぶためドイツに6年もいらした初田さんといずみ21さんが水桜レナちゃんと北軽井沢のドーム・パラダイスの8月11日から12日までのイヴェントに参加してくださるとかのメールもいただく。皆、新幹線組み。軽井沢の駅で落ち合ってタクシーをシェアするととても安価で快適になると思う。おたえちゃんと明日相談しよう!

 今日の選択肢は最良だったと思います。

 神様が、若い時にこうおっしゃった。
「常に最高善を求めなさい。」と。