July 23rd, 2007

「横浜事件」と「マグダレンの祈りの修道院」の人権問題!

 昨晩、NHKでドキュメンタリー「横浜事件」を見ました。

 1942年、総合雑誌「改造」8、9月号に細川嘉六論文〈世界史の動向と日本〉が記載されたが、発行1ヵ月後、大本営報道部長谷萩小将が細川論文は共産主義の宣伝であると非難し、これをきっかけとして神奈川県特高警察は、9月14日に細川嘉六を出版法違反で検挙し、知識人に影響を持つ改造社弾圧の口実をデッチあげしようとした。

太平洋戦争下の特高警察による研究者や編集者に対する言論・思想弾圧事件。

 細川嘉六の古里の富山県の泊町に「改造」「中央公論〉編集者や研究者を招待した際に開いた宴会の記念写真1枚を発見し、特高はこの会合を共産党債権の会議と決め付け、改造社、中央出版社,日本評論社、岩波書店、朝日新聞社などの編集社を検挙し、拷問により自白を強要した。

44年月、大正デモクラシー以来リベラルなな伝統を持つ「改造」「中央公論」両誌は廃刊させられた。

 拷問によって中央公論の編集者が2人死亡し、出獄後2人死亡した。敗戦後の9月10月に一律に懲役2年、執行猶予3年という形で釈放され、「改造」「中央公論」も復活された。
拷問した3人の特高警察官は被告たちに人権蹂躙の罪で告訴され有罪となったが、投獄されなも地かった。                                
                   松浦総三〈平凡社大百科事典より〉
 
 テレビでは生前の被告たちの写真を見せ、本人達の語りや、遺族の夫人や子供達の証言が事件の生々しさを語った。根拠のない逮捕で、旅館や宴会をした料理屋の人々は誰ひとり嘘の証言をしなかった。泊町の料理がうまいから日頃の感謝のため仲間を招待したのである。そのため、何の関係内知り合いを呼び、断りの手紙などの証拠もあった。

 拷問はひどいもので、淡々と語る遺族は無念さと同情で、夫人、兄弟、子供達と裁判の再審願いをして証拠の裁判暦が実存してないために却下された。かってに証拠を消しておいて謝罪もせず、一家を苦しみのどん底にいれたままである。

 真実を発言する為に生涯を捧げている人がいる。流石、編集員の親族だ。その重みを知っているからなのだろう。しかし、とんでもないことが起こった。そして、今も起こっている。
怖いではないか?




 「マグダレンの祈り」の本が届き、昨日読んだ。
実話である。映画で半分まで見たものの、本の方はもっと怖い。
しかし、人権がないがしろにされているところは同じだ。

 作者は、1927年アイルランド生まれ。
1950年代に助産婦としてマグダレン修道院にいた経験から本書を執筆する。現在は家族と共に北イングランドに在住。
1966年、マグダレン修道院は閉ざされた。

 娼婦だったマグダレアのマリアがキリストに会い、改心し聖女になった故事から名を頂いた修道院は未婚の母のお産と産後3年の共同生活と子供の養子縁組を斡旋する場だ。

 妊娠理由には強姦や騙されて結婚を夢見た娘の私生児など公の社会で歓迎されない出産。修道院は金もちでも親に歓迎されない出産などを経済的報酬を受けて請負った。若い娘の無知もあるが、従兄弟やおじ、例えば姉の結婚出産を手伝いに行き姉の旦那に強姦されたという不可抗力もある。しかし、家は恥と思い、姉を庇って妹に沈黙させ修道院に連れられる。
子供を渡したくない愛し合ったカップルをこの助産婦は上手く逃走を援助し、修道院から抜け出させた。

 修道女たちの過酷さは驚くばかりだ。彼女達を「5分間の快楽の代償」という形で罪で償うと称し、出産2時間前でも廊下拭きを這わせてさせたりする。彼女達を罪人とみなし幸福を許さない。人間が弱い立場におかれたものに対する卑劣さと神への信仰がどう混ざりあってるのかわからない。それで、若い助産婦は結婚を機に修道院をやめるのだが、いつかここであったことを書くと誓うのである。そして、この本は書かれ映画化されベネチアで賞をとり
世界中に知れ渡った。そして修道院は消えた。

 人生を59年生きてくると、こういうことは山のように見聞きする。
もっと恐ろしいことがある。他人を不幸にするために陥れでこのような事実を使うものもいる。だから、勇気ある告発者が必要だ。
作者はアイルランドにはいない。住めないのだろう。イギリスに住んでいる。

 カトリック修道院は閉鎖的なところだ。
そして、1部の修道会では弱いものいじめは日常的に行われている。
教会で会った信者は「〇〇修道女にお金の請求をされるのが辛い。」と別の教区に移った
私も若い時、格好の働き手と思われて、知らぬ間に「聖母に奉献する人。」とか「結婚を許されない人。」とか、「あの人を働かせて、左うちわで暮らすつもり。」と公言しているのを聞き、驚き、呆れ、逃げたのである。聖職者に結婚のときはお金をねだられた。それは主人の1ヶ月分の給料を上回る以上の金額だったが、払った。
どう、ねだられたかというと「お小遣いをくれてもいいんだよ。」と言われたのである。うまいではないか?「お小遣いをくれ。」と言えば脅迫だが、「くれてもいい。」というのは。
なぜ、出したのかと誰でも尋ねると思う。彼は結婚式の司式をしたからである。私はその前に10万円のお礼をしていたのに、更に請求されていたのだ。呪いでもかけられたら困るから私は出した。そして、今日まで誰にも言わなかった。でも、「マグダレンの祈り」を読んで正直に書かなければいけないと思った。

 人権蹂躙を書く人は勇気のある人だ。
 世界中にありとあらゆる差別に犠牲者が不当な扱いを受けている。
何かの利益のために不当に苦しんでいる人がいる。許してはいけない。
マザーテレサのような人もいる。「愛」は感じる。「愛」は存在する。
この助産婦の人間らしさに神の使いのようなものを感じた。
ご主人は歯医者さん。彼女は結婚前に告解に教会に3度言った。罪の許しを請うため自分の罪を告白するのだ。ある神父は、「歯医者が看護婦と結婚するわけはない。君は騙されている。」と言った。「でも、式も決まってるんですよ!」どうして、そんな風にしか思えないのだろう!

 結婚前にボランティアで福祉施設で働いていた頃、人手が少ないので人を呼んで欲しいといわれた。東海銀行で働いていた人を呼んだとき検事正をしていた園長は「銀行を辞めるなんて、何か不祥事をやらかしたに決っている。」と本人を前に罵倒した。その園で働いていた指導員が意見を言ったとき、重症になるまで殴り蹴られた。園長は弁護士に沈黙させるのにどう処理したらいいかと相談したと、流石に弁護士は50万の慰謝料を払って解決したほうがいいとアドバイスした。福祉施設の現場ってこんなものです。

 私が頼まれて、アメリカでボランティアで日本文化を教えていたときも従順に持ち出しでやっていたら「あなたは政治家の娘か?」といわれた。そういうのって何か欲しくてやるものではないと思うのですが。「私達は国から特別手当を頂いてるのよ。」という大使館で働く人の奥さんたちは働かなかったですよ。持ち出しで日本文化のため働いているのは皆、普通のお母さんや、学生でした。でも、誰も知らないですよね。

 何だが、怖い!
何だか本当に働いてる人や本当に愛してる人たちが、誰かの利益のためにただ働かされないがしろにされ消されそうである。
しっかり、目を見張ってないと!