July 27th, 2007

アーティストたちの暮らし!

 こうして、毎日銀座に日参すると日頃ご縁のないアートの世界のニュースが入ってきます。
多くの海外進出のイヴェントの企画があり、参加を誘われたり画家達が個展の案内状を持ってきたりします。銀座には何百のギャラリーがあり、傾向がそれぞれ違うのですが一般に画廊はお金儲けにしているので売らんかな精神があるのが事実です。

 育児で休んでいた期間も混ぜると40年間くらい作品を作っています。
「売れればいいか?」と問われると一概にそうでもないのです。
絵の好きな人や同僚が、食い入るように見てくれ感じてくれれば嬉しいものです。
しかし。霞を食べては生きていけないので何らかの収入を得なければならないのです。
若い画家も、中堅の画家も収入を自分の仕事だけで食べれ、かつ妻子を養うことのできる人はほんの一握りです。その人たちも別のストレスがあるのは想像できます。

 大事なことは少しでもいい作品を作ること!
そのためにあまり疲れてはいけない!
ゆっくり考え、美しいものを見、美しい音楽を聴き、制作に専念しなくてはならないのですが。
残念ながら大事な時期に、生活の糧を得るために自分の制作ではない仕事で働いている画家達は多いのです。

 他人ごとながら惜しいと思います。
大事な時期、最も伸びる40代、50代が生活費を得る仕事の為に潰されてしまう。

 私も介護をしているので、ずいぶん疲れが出るときがあります。
主婦である私には私が働かなければ、家の中は惨たんたるものになり誰も咎めないのですが、やはりそのような状態は快適ではありません。でも、家族は生きる基本で何者へも換えがたいものです。家族とは単なる血の同じ同居するものだけを指すのではなく、自分を支えてくれる仲間や友人をも指すのですが。

 自分はまだ本当に大きな愛の人ではないなと感じる以上、本物の愛の人を目指して悩み苦しむことが要求されてる気がします。

 今朝、電話がかかりました。
或る彫刻家のお母様からです。
最高の大学を出ても、世の中のコネ社会や不当な格差に息子さんが苦しんでいるというのです。

 私達の社会は完全ではない。
そして、きわめていい人がそれほど見合った評価をされてないかもしれないし、とんでもない調子の良い人がすいすい成功しているかもしれない。

 しかし、私の性格かもしれないが、「いいではないですか!」という気持ちがある。
それは、私にとってそれほど大事なことでない。自分を評価しない人がいてもいいし、自分を不当に見くびる人もいるかもしれない。しかし、「それは自分の問題だろうか?」と思う。

 私はどんな人の中にも尊いものを見出したい。
しかし、それは私の理想で、自分もまだ失敗もある。
もし、他人を侮ることがあったら、自分はそれを自分に許したくない!
しかし、他人が侮る分には寛大だ!
ご自由に!
私はそうありたい。

 電話をかけてきたお母さんの息子さんに会ってそれをどんな風に伝えたらいいか?
もっと自由になることをどう伝えたらいいか?
それが今日の問題!