August 9th, 2007

[ああ 無情」ヴィトル・ユーゴー。帝劇で「レ・ミゼラブル」を観たよ!

「この世に無知と悲惨があるかぎり、このような種類の物語も、けっして無益にはならないであろう〉1862年1月1日 オートビル=ハウスにてビクトル・ユーゴー

 あらすじの始めの部分
 1815年、南フランスの町で司教だったシャルルは75歳の老人で独身の妹と召使と3人で住んでいた。司教は慈悲深く、貧しい病人がたくさんいたので広い館を貧しい人に譲り自分は狭く安普請の病院に移り住居にした。司教はいつも孤児や病人の為に寄付し、持っているのは6人前の銀の器とスープ用の大きな銀のスプーンが1本だけだった。大叔母さんの形見の大きな銀の燭台が2基あり、お客のときだけ使用した。司教は家の扉と部屋の鍵を全部取り外した。「医者と神父の部屋は、いつも開かれていなければならない。」

 あるとき、47,8歳の見知らぬひどくみすぼらしい身なりの男がはいってきた。
ジャン・バルジャンは宿屋に泊まれなかった。普通の家からも刑務所からも断られた。ひとかけらのパンを盗み19年も牢にいた。それで、悪い評判で誰からも追い出された。

 司教館では料理の用意がされた。通行証には家屋不法侵入と盗み、脱獄4回のため19年牢にいたことが書かれていた。部屋が暗かったので銀の燭台も持ってこられた。
「ここはイエス・キリストの家ですから。心に悲しみがあるか聞くだけです。あなたが人を恨んだり憎んだりしなくて、しんせつなやさしい心でそこを出られたのなら、あなたは立派な人です。」

 貧しい生まれのジャンは25歳のときに姉と7人の子供の世話をしなくてはならなかった。
冬がきて仕事がなくなり、パン屋で1切れのパンを盗んだ。食べ盛りの子供達のためにであった。
 5年の刑に服し脱獄を繰り返した。銀食器6人前は19年刑務所で働いた賃金の2倍で売れそうだった。誘惑に負け盗んでしまう。司教は見つけた召使の「泥棒された。」に「銀の食器のような贅沢なものは自分たちのものにするのは間違っていた。貧しい人のものだ。あの男は貧しい人ではなかったのか?」と訴えなかったが、やがて銀食器を持っていたことで逮捕されたとき、司教は銀の燭台2基をも渡し、「銀食器は贈り物として渡したものであり、燭台はあなたの人生が善になるため神から与えられたものである。」と言う

 この司教の神への認識がジャン・バルジャンを更生に導くのである。
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 貧困の暮らし。工場で首になれば子を食べさす為に娼婦となる女がいる。
娼婦の女が疲労から死ぬとき、ジャンはその娘コゼットを、実の娘として育てる。世の中には悪い人たちがいるもので、コゼットを貧しい母親から与り、膨大な報酬を要求しながら、こき使い栄養失調で体が小さかったのを、ジャンが発明品でお金を儲けることができ、人助けから市長に推薦されて裕福になったので法外が謝礼を支払いコゼットを自由にした。

 胸の焼印がある前科者のジャンは司教が彼をかばってくれた恩義から改心した。娘の為に裕福な暮らしもさせる。修道院で教育もさせる。用心深く、暗い屋敷に住みながらコゼットの成長を見守る。追った彼の素性を知ってる警部も革命に燃える市の貧しい人が捕虜にしたとき、見逃して救い出した。
 民衆の貴族や王を憎む心。お金に目がくらんでずるがしこく生きる人たち。自由への夢のため命を投げ出し闘う民衆。それぞれの生活の必然が生き方を選び、貧しい暮らしの中にも健気な愛があり、執拗な警部の心にも許しと感謝があり、ジャンは死ぬ前にコゼットのいいなずけマリウスに事実を話し、姿を消す。
 どのような罪を犯したとしても、償い、他の貧しい人のために身を捧げたジャンをコゼットのいいなずけは「聖人」と呼ぶ。

 「愛が傍らにあるときに、神が近くにおられる!」
いく手を信じ、自由で幸せな未来に命を投げ出す人達の側に立とうとメッセージは伝える

 時間はおそろしくかかっている。
 しかし、他者の自分の
 幸福の為に正しいと信じ生きた人々は
 天の輝きに向かっているということだ!

 貧困で食べれない人がパンを盗むときに責められるのは誰か?

 東京駅のスーパーで500円のパンを盗んだ人を追っかけたすーパーの店員がいた。
 盗んだ人は逃げて、車に轢かれ死んだ。
 大変なバッシングが追いかけた店員に向かい、彼はスーパーを辞めた。

 真面目な店員を庇う人もたくさんいた。
正しいことをしたのだと、職務に忠実だったのだと。

 しかし、私の父は商人でレジで計算の合わない日があると、
「可愛そうに、お金に困っていたのだね。」と責める母を諌めた。
 私が高校生の頃、5千円入りのお財布をなくして届けがあったときに、父は
「見つけて、届けてくれたのだから全額お礼に渡しなさい。」と言った。
私はそうゆう風に育った。

 誰も責めることはできないが、
 500円で命を落とさせない方法もあったと思う。

 人はパンのみに生きるにあらず、
 でも、パンがなくては飢えて死ぬ現実も見たい!
 愛は大切だけど、パン代を黙って握らせる財力も必要だと私は言いたい。
 人間の成熟で、黙って見過ごしてそっとパン代を払える人がいたら、素敵だなあと思う
 そして、貧しいひとへのパン代をスーパーに置かれるコーナーがあったらいいな!
 騙してパン代をくすねる人のことは考える必要ないですよ!
 それは、神の問題!

 だから、ユーゴーはたくさん悲惨な生活を見てどうしようもない人間に神の沈黙を見せたのだと思う。心が冷えてどうしようもなかったが、最後にようやく救われた。

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 真夜中、昨年亡くなった、エド・ブラディの特集をテレビでしていた。
母親は白人、父親は黒人。テレビの報道番組で弱いもののためにインタビューをしたキャスターだ。ベトナム戦争にも命がけで出向き、報道で実に行動的だった。ニュー・オリンズで洪水の被害者に小切手を贈るような人。
 人種差別の激しいアメリカでいい教育を受けて、変わることができたようだ。
それは、続く差別を受けてる同輩の希望になったようで、多くの政治家やクリントンとか、ミュージシャンが葬儀に出向いた。生きる値打ちを体から放っている人だった!
65歳で帰天されたようだが、かっこいいおじいさんだ。

 世界には課題は山積みだが、素敵な人たちのお蔭で希望に繋がる。
素敵出ない人のお蔭で危ういことにもなっているが。

蚊帳教会のイヴェントにそうしたやりきれない不条理を私は神に託して祈りたい。

祈りは普通の暮らしから!無防備平和条例の存在!

 今日は岡山から、みほおちゃんの送ってくれた白桃を届けた宅配便から始まりました。7時半頃で、健康によろしい!きれいなきれいな桃でスポンジに大事に包まっていました。桃様って感じです!ありがとう!あの桃の花の咲き乱れた晴れの国、吉備の国を思い出します。これから鬼退治に祈り出陣にでかけます!うふふ!天使様方も聖母マリアさまもお椅子のそばにおいでなのかしら?それともスタジオかしら?

 ドーム・パラダイスのツキアップ日記連載に8.11までのカウントダウンをいれてくださったり、ナチュラル・ヒーリングのVARADAさんが8月9日に「蚊帳教会」のことを書いてくれたり、おたえちゃんやみほおちゃんやいずみ21さんたちがそれぞれのブログで「祈りの椅子」や「コノハナサクヤヒメ」を紹介してくださって、感謝・感激です。伯宮幸明さんのメルマガにも紹介くださり、心合わせて日本中、どこにいても祈りができそうですね。

 本当に素敵な方たちとの出会いが8.11の「蚊帳教会」の祈りイヴェントを盛り上げてくれます。蝋燭の千絵さん、酵素アーティストdのおたえちゃん、ルルドの旅行でご一緒したご縁のミラクル・フォトグラファーのヨシアさん、仙台から素敵な健康娘のVARADAさん、謙虚な草むしりと草刈りで真っ青になられたみお&ゆきドーム・オーナーさまのご好意で日本が素晴らしい人たちに希望が繋がれているのを感じました。
 旧浄化塾生も秋田、福岡から駆けつけてくれます。終わりのない浄化の旅人となってしまったのですね。かわいい天使を描く朋ちゃん、ライアーでアヴェ・マリアを聴かせてくれる名古屋からの鈴音さん。かわいい孫悟空のお母さんのかのんさんの二胡も楽しみですね。又2人のお子さんのお母さんのアロマセラピストのPure AQUAさんは富士吉田市のコノハナサクヤヒメを祭ってある浅間神社を案内してくださったのですね。
かけがえのない人との出会いが日本中に世界中に広がるといいですね!
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 北海道の「たんまり日記」ブログから8月8日に素敵な提案が届きました!
 直ちゃんがライター!
「無防備平和条例」
 戦争が起こったとき、そこの地域に、軍隊もしくは武装集団がいなければ攻撃はされない。

 戦争の真っ只中に沖縄で攻撃を受けなかった場所があった。
 戦時下、そこの町長が軍隊の介入を拒んだ。
 米軍がその町に入り、軍隊のいないことを確認して、攻撃せずに立ち去った。

 これが「無防備平和条例」
ジュネーブ条約で、無防備を宣言した地域に対して、
いかなる攻撃もしてはならないと規定されている。

 しかし、そのことは60年以上封印されていた。
 周りの沖縄は悲惨な戦火。
自分達だけが助かったということ。
その事実を政府が発表させなかった。
今は、知られており、周りの市町村でも、この
「無防備平和条例」をつくるために奔走している壮ですが、ことごとく国に妨害されているそうです。

 憲法代9条が改正されてしまったら、
今の「国民保護法」は、有事のためのものになるかもしれないんだそうです。
例えば、「あなたの家を軍事基地にします。」といわれ、拒めば、逮捕か巨額の罰金。
こどもたちもどんどん徴兵されるのです。

 札幌では、この「無防備平和条例」を成立させるための署名活動を行います。
有権者の50分の1の署名が必要で、しかも住民票の記載どおりの、印鑑か拇印も必要。
という責任も伴う署名です。
期間も1ヶ月。

 戦争が起きたらどうしますか?

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 このことをまず知って、機会があったら、署名運動をしましょう!
今、準備中らしいです。
「祈り」には行動がともなわなければ!

 この直ちゃんブログを読んで私は父の話を思い出しました。

 父は戦争中7年間も中国大陸にいました。通訳をしていたのです。彼は地位に関心が無く兵隊の位で言うと出世はしなかったようです。
 しかし、彼は自殺しかけた部下を助け、日本に帰国してからも面倒を見て事業を助け、その人が亡くなったときは葬儀代表になりました。
 父は戦時中も中国人と仲良くして、中国人が負傷したときは日本人と同じように世話や医療を施したそうです。それで、戦争中は楽しかったようで日本敗戦後も帰国したくなかったのです。「ひとまず、日本に帰ろう。そして、また来ればいい!」と同胞の説得にかえってきたのです。それから国交がなくなり、彼の中国との貿易がやりたい夢は別のものに変わりました。
しかし、彼は中国語能力をキープし、さらに大変囲碁が強いものですから、日本の囲碁の名人が中国で対戦するときは通訳として大陸に同行したこともありました。彼は87歳ですが、人生は楽しくて仕方がないといっているのです。戦争中でも敵国の人と仲良くすることもできるのです。

 わたしたちは社会通念で行動を束縛されることがあります。
〇〇とは付き合うな!
〇〇人はこうゆう人だ!
でも、知ってみると通念が違うことがあります。
北風よりは太陽です。
人のいいところばかり見てると、その人はいいところばかりを出してくれます。
どんな攻撃的な人ま安心し無防備になるのです。
私達が武器を持ってなければ!
攻撃しなければです。

 ちいさなこと。
 普通の暮らしからどんどん平和は伝わります。
 欠点を見ながらも、そこを突かない。
 その人が苦手なことは、
 黙ってホローすればいい!

 負け犬?
 詰まらない言葉です。
 勝って楽しんですか?
 勝っていいのはゲームだけです。
 格差社会より違いを楽しむ社会のために!
 私達の普通の暮らしは平和にしたい!
 争わないことです。
 他人のやり方を認めることです。
遅くたって
不器用だって
いいではありませんか?
 




 それでは今日からスタッフとともに森の木から蚊帳を吊ります。
みおさんとゆきさんが心をこめて草むしりをされたドーム・パラダイスの敷地に
安心して天使様方も聖母マリアもお出ましですね!
わたしたちの祈りを御援けください。

 心の篭ったカトリック信者の小川ロザリオや縷衣香の易カルタ占いやおたえちゃんの珠珠ちゃんもたくさん見ていただけます。
「コノハナサクヤヒメ」絵本もドームにて待ってます!
 ありがとう!
 ありがとう!
 ありがとう!
陰で支えてくださっている謙遜な方達に感謝をいっぱい捧げます!