September 2nd, 2007

トルストイ家の箱舟





 今日は1時にソニービルでヨシアさんに会った。ようやく8.11の北軽井沢の「蚊帳イヴェント」の写真の整理ができたようだ。ヨシアさんは千葉からコンピューターを運んできた。とにかく説明のいる写真で30分の説明時間をくださいとのことだった。
 説明の内容とノートパソコンを開ける場所とのことですいてるお気に入りの珈琲屋に行った。
しかし、1時にはすいていた珈琲屋もだんだんと混んで満席になっていった。
 ファイルにしたプレゼントというちいさな赤いアルバム。それとCDに取り入れるときには取り込み不可能となって郵送すると言うデーターと、5分の「アヴェ・マリア」つきの写真集がおまけとのことだった。
 写真わね。う~ん。同じ場所を何人もが撮影したのでヨシアさんならではの祈り写真と、カメラアングルが違う数枚のは、他は、オリジナリティと言うのが出にくいとものだと思った。
欲しかった寝ている写真はかのんさんの孫悟空が1枚。朝日も夕焼けもなかった。多分ヨシアさんも知ってて、おまけアルバムやおまけ映像をプレゼントするということになったのだろう。しかたがないわね。(笑)
 ヨシアさんと長時間、話したこともないので、色々これからの展望や起こった話などを聞いた。それぞれの身の丈で、道を切り開いていくのは誰でも一緒だから「まあ、頑張って!」ってくださいね。

 それから、本を借りっぱなしになっている「STAGE-1」画廊まで行った。
トルストイのひ孫の画家にインタヴューして出した本で実話。ふみ子・デイヴィスさんの本を2冊借りていて、まだ読みきれてないので途中経過を報告に行ったのと私の本を持ってきてよと呼ばれていたので、加減がわからないけれど本を持っていったのだ。
 できたばかりの新しい画廊。
 中央区銀座1-23-15鈴木ビル1階 03-3552-5181

 この画廊はグループ展で知り合ったキヤタケ先生が個展をしたので知った画廊だった。
建築家の天野喬夫さんが若い人たちのための始めのステージとして今年にオープンしたばかりだ。
 今日は建築仲間のお友達といらして、お酒を酌み交わしていた。
天野さんの友人がふみ子・デヴィスさんでロシア大使館のパーティなどで天野さんはロシアとの縁がある人のようだ。
お友達の方の息子さんは物産の仕事でロシアにいくうちにロシアの方と結婚したそうだ。
それで、二人ともロシアがすきなようであった。

 本好きな私は2冊の本を薦められるまでに「トルストイ」についての本を借りたのだが、いい本なので買おうと思っている。
 トルストイのひ孫の画家のナターシャ・トルスタヤさんの個展をしようとのことだった。
それで、彼女の親友であるシンガポール在住のデヴィスさんに私を会わせたいという。
ロシアに留学しアメリカ人と結婚し、今はシンガポールに在住とのことだ。
 私は「トルストイ家の箱舟」を借りた。それは、小さな字が一杯あって読みにくそうに思えた。それで、そのときは買わなかったのだが、箱舟大好き人間の私は旧約聖書の「箱舟」の部分を引用しているこの本をかなり気に入ったのである。箱舟について精神性をトルストイの子孫達は引き継いでいるという意味で使ったようだ。現実にロシアの体制もあって、子供達も大変な人生を歩んでアメリカに亡命した息子の血筋のナターシャである。買ってもいいなと思ったのである。
でも、きちんと読んできちんと感想をいえるようにしようと思って読書中を報告したのである。
 私は今もらったばかりの「蚊帳イヴェント」のプチ・アルバムを見せて、私の3冊の本を見せた。私の仕事内容は多岐にわたっていて見せるよりほかにないのだ。二人の建築家のふたりはとても褒めてくれて、計4冊の購入。(この前に1冊買ってくれたので)それで、質問されるままに自分のことを話して、年配のお二人は褒めてくれたのだがそれは私にはどうでもいいことだった。

 長居をしてお話のまとめは、「STAGE-1」宣伝して欲しいこと。
デヴィスさんと私を今度あわしたいとのことだった。友人の方は私の本を売ってあげるとのことであったが、どんな風にかはよくわからない。しかし、まずは自分の孫に読ませたいとのことだった。
 そして、ナターシャの個展で宿泊のほうはロシア大使館で持ってくれるのだが、画家が貧乏なので何がしかのお金をアメリカに帰国するときにも足してあげたいのだが、自分の画廊でそれだけの収入が見込まれるだろうかとのことだった。本に出てくるので、ナターシャの絵は赤いキャンバスにボタンがたくさんに縫い込まれていて、自分の「ダンテの浄化編」の絵に似ているなと思って興味をもっていたのだ。
「売れるんじゃないの?アメリカの新しい画風ではよくあるわよ。赤いキャンバスにボタンがついているんでしょ?」
「でも、ちいさなミロのような絵だよ!」
「世界中、画家はみんな貧乏だわよ。」
「99.7か99.8%は絵で食べていけなくて他の仕事をしてるよ。または、年金で絵を描く。」
「私も女でなければ食べていけなかったと思う。食べさせてくれる主人もいるし、子供の教育費も自分で払わなくてもいいもの。もし、未亡人で子育てを自分で背負っていたら絵を描けていたかどうか。」
「うん。」

 私は9時近くに家についたのだが、幸い主人は早く帰っていて娘と夕飯を済ませていた。
それで、夜のテレビを見ながら梨をむいて主人と食べた。

「学者と画家の組み合わせは多い。多分、互いに干渉しなくて自分の道をやってるからいいのだろうな。」と天野さんに言われたが、多分幸運なのだろう。

 家で「蚊帳イヴェント」の写真を見ていたら、何はともあれ皆それぞれの夢に向かってできることをしているのだから、応援するしかないなと思った。

 友人に贈られたヨガの本も読んでみよう。
 私はハスッカイな性格なのか権威には近づかないようにしている。
 それで、大きな画廊よりこうゆう出来たての画廊にいくのだが、名刺は持たない主義だが身元調査のような質問攻めに会うと、人間社会って学歴や経歴からはなかなか解放されないものだと思う。
 「コノハナサクヤヒメ」の話をすると、「日本の子供の教科書にすべきだ。だけど、日本はこれからどんどん悪くなっていって、あなたのゆうように日本人の誇りや世界の環境の変革が良くなるようには思えない。これが現実だよ。」と友人の声。

 「あなたは運がいいというけれど、あなたの力が引き寄せてるんだよ。それで、こうして作品ができているんだよ。」
「今の若い人わね。有名になることとお金になることしか考えてないから、若い人に使ってもらおうと思っても評論家や人が来るかどうかが要なんですよってギャラリーGKに言われたよ!」

 ギャラリーGKは7月に「文展」のグループ展をやったところで、軽井沢本店の珈琲屋もそこで教えてもらったのだ。キヤタケ先生と会ったのもその画廊だ。

 画廊でいろんな作家と会うけれど、成功している作家は元気でニコニコとしていて好き。
成功とは名が出てるとかリッチということでなくて、思うように仕事ができているということなのだが。大抵は信じられない不景気な話ばかりだ。そして、自分で切り開く努力をしないで、何か他人が持ってきてくれると待っている。

 今日は日曜日。
 防災訓練のアナウンスが流れてきた。

 お金と名声がなければと思う若い人たちを作ってしまった現代日本社会。
 もう、後戻りはできないのであろうか?
 トルストイは何もかも、全財産をも人のために使いたいと家出をして熱を出して数日後に亡くなった。妻はその後にトルストイの記念館を創り、トルストイの文学的遺産を守った。
子達も、孫達も他人の為に奉仕する生き方を引きずって生きた。それが「トルストイ家の箱舟」だった。

 誰でも自分の箱舟を持っている。
 今日は「文化村」美術館で買ったノアの箱舟の付いているブレスレットを身に着けていた。

 自分は甘いのかな?
 もう少し、ぴしっと仕事では言わないと思って、銀座に出てきたが結局は情に負けて何もいえなかった。

「皆、自分のことで精一杯なんだよ。他人のことに構ってられないんだよ。」
 そうかもしれない。
 まだ、疲れは取れない。
 今日くらいはゆっくりしよう。