September 12th, 2007

楽しく上手にいい人生を!


 小林正観さんの本をよく読みます。
 昨晩はこの本を読みました。

 「楽しく上手にお金と付き合う」小林正観 大和書房 1429円

 私はいつも正観さんと私は考え方がずいぶん似ているなと思うのですが、昨日この本を読んで
こんなにそっくりな人だったのかと驚きました。
帯には、
一生お金に困らない人とは
           人に喜ばれる人
           人から頼まれる人
           人を応援する人
とありました。

 私が似てるなと思ったのは
 p28.
「たそがれたラーメン屋さんでお金を使う」です。
 私が行くところはお客が一杯で満員なところではなく閑古鳥のところなのです。
 理由も正観さんと同じでそのほうが喜んでいただける。役に立つのです。
 満員なところは誰でも入るし私が行っても行かなくてもどうってことないけれど
 閑古鳥のところは少し何かが変わってくれるのではないか、閑古鳥から変換する機会が与えられるかもしれないと思うからです。

 P72.
 「商売に、うまい方法なし。
 不正直は生き残れない。」
  本当に同意見です。
  騙して売ってそれが頭がいいやり方と思っている方達にたくさん会いました。
  でも、2度と頼まれなくなっていってしまうのですよね。
  小さなことですが、同じ時間を精一杯働いても、適当に手を抜いて働いても
 時給は同じと思っている人は多いかもしれません。しかし、それは生き癖として何にでも当 てはまる個性として、正直な人生が展開していくんですよね。

  気がつかない人は「あの人は運がいい。同じ仕事をして同じ給料を貰っているのに全てが 上手く行ってる。」という。しかし、気がつく人はしっかり差が見えるらしいです。
 「給料は一緒なのに、見えないところを手を抜かないし、時間外も給料に加算されないとこ ろまでおしみなく働く。成功するわけだなあ。」と。そのお給料分を超えた働きが余禄と 
 なって加算され、運命を良くし、その人が望んでいるいいことがたくさん簡単に手には  
 いって幸せになっていくんですね。
 若い時はそれがわかりませんでした。だから、娘には若い時から知って幸せを増やしてほし いです。

 p108.
 生きることは、
「頼まれごと」をこなすこと。

 私は人に頼まれるのが劣等感だったんです。
 何で私に頼むのだろう?私は軽く思われてるのかと。

 本当に倒産した会社にいろいろ頼まれることが多いので、「私は経営コンサルタントではないのに、なぜ頼んでくるんだろう?」と不思議でしかたがなかったです。
そして、宗教が身についてる私は「頼まれたことはする。」というポリシーが持っているので、自分の能力を省みず関わってきました。

 今回の小林正観さんの本は「頼まれごとをするのが人生だ。」とまで言っているのです。
いかに、「頼まれやすい人間になるか?」まで言っているのです。

 頼まれごとをただひたすらやって人生を終える生き方。使われる命ーそれが「使命」といわれるものだと言ってます。

 面白いのは、
 ミケランジェロ、ヴァンダイク、ルーベンス、モーツアルト、宮廷画家、宮廷音楽家という凄い人たちは頼まれごとをやってきたと書かれています。世の中に長く残っているすごい仕事は、皆宮廷から頼まれたからやった仕事だというのです。
頼まれたら「わかりました。」といってやってみる。それが「謙虚」。

 
 人に何か頼まれるというのは、大変なことです。能力が高くても人柄がよくなければ頼まれない。人柄だけよくても、たのめることと頼めないことがあるでしょう。

 実は、頼みやすい人、頼まれやすい人というのは、もう1つ別の言い方をすると、
「人徳」といいます。イコール「人格者」です。

 人間がこの世に生命を貰った意味というのは「人格を磨く」というこの1点だけ。人格を磨くというのは、経済的に成功するとか、社会的に地位や名誉を得るとかではなく、いかに自分の存在がたくさんの人から喜ばれるか、ということです。
それこそが魂の究極の目標らしいのです。

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 私はこの章を読んでずいぶん助かりました。
ファンレターでも出したいくらいですが、大変のベストセラー作家ですからそのようなことはしません。

 「使命」という言葉が出てきましたが、私は神様から頼まれたのです。
「人間は目に見えるものしか信じられないので、真理・美・愛を人間に見える形に絵にして見せてあげなさい。」と。それでやってるだけです。

 私は不器用で能力的にも並以上ではないのです。ですから、ただただ、神様との約束だけを果たすことを考えて生きてきました。「どうして、わたしなんかに頼まれたのかな。」とは思いましたが、ひたすら「頼まれたことだけをし続ける。」だけをしてきたのです。

 振り返ると、
 他のまれごとでできた作品を多いのです。
 「御伽草子」墨絵26枚。朝日新聞を通してフィンランド大使夫人からの依頼。
 「百人一首」金子美智子さん依頼。
 「宇津保物語」伊東節子博士依頼。
 「墨絵・和紙制作・折り紙・和とじ本などの教授」ハーバートネーバース依頼。
 「浄化塾」たま出版などの依頼。
 「天使園」秋田聖体奉仕会の修道女の依頼。
 「マリア・コード」祈りの本をと依頼。
 「コノハナサクヤヒメ」富士展を企画したG2ギャラリーからティム君の是非英訳依頼。

 好きでやった仕事
 「易カルタ」
 「ノアの箱舟」
 「ダンテの神曲」
 「100個の棺桶と1個のからの揺りかご」
 「蚊帳教会」


  私は頼まれた仕事は、できれば自腹を切ってでもします。(できないときはできないのですもの。)
  
  小林正観さんと似ているなあと思うのは、
  行動を重視しているところです。
  メッセンジャーより実践ジャーになること。
  「いい心がけより、いい行動を」
  運を良くするために心になくても「ありがとう」を唱えてとか。
  人に親切は下心があってもしない親切よりいいとか。
  どうして、同じ考え方なのかなあ。
  それが「宇宙の法則」のようです。

  ひとつだけ納得がまだなところが、
p193.
 神様に好かれる人とは、「きれい」な人、
 身のまわりをきれいにしている人。
 「トイレ」「流し」「洗面所」掃除など。

 小林正観さんは、
外見のきれいな人は神様に好かれるといいます。
次は心のきれいな人が神様に好かれるといいます。
お掃除、とくにおトイレや汚れたところを掃除する人も神様に好かれるそうです。
         
 私は神さまは外見の悪い人もお好きなのではないかと思います。
 心がきれいでない人もお好きだと思います。
 お掃除を好きな人も好きでしょうが、掃除嫌いで片付かない人も好きではないかと思うのです。

p198.
 人に喜ばれるように生きれば生きるほど、自分にいいことが返ってくると知ってしまったので、人に喜ばれることをしているのです。これが究極の損得勘定です。

 ここは多いに納得なのです。

 主婦である私は運がよくなってもならなくても、トイレ、キッチンの水周り、お風呂などしないわけにはいきません。
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 いろいろな人がいます。
 人間それぞれの生き方をどれがいいとかどれが間違っているとか言う気持ちはありません。
 しかし、普遍の法則があって幸せが得やすい方法はあると思います。

 今の世の中は不幸な人もたくさんいるからです。
 お金との付き合い方の本のようでしたが、内容はやはり幸福を得る方法だったと思うのです。

 実践ジャーになるのは本当に難しいですね。
 私も10月半ばの「グラナダ」でのグループ展の準備を始めましょう。
 そして、少しずつ自分の仕事場(スタジオではなく自宅のコンピューター室)を片付けましょう。それが終わったたら、銀座で「呉清源」の映画が始まっていたら観に行きたいと思います。そして、而立書房の社長のところに寄ってみましょう。本を売ることが課題のようです。個人的に本を売るお手伝いをしてみようと思います。それが頼まれたことだからです。
 書籍を扱ってる人から応援がきてます。自分の本だろうと他人の本だろうと、本を売って欲しいといわれればお手伝いしたいですね。別に発禁本を売るわけでもないのですもの(笑)

 皆さまも、ぜひ協力をしてくださいね。
お願いします。