October 2nd, 2007

女性の生き方!

 今日は大忙しだった。家の掃除に3時間かかり、銀行へ行った。
 JRに乗って大森まで。父が大田区限定の商品券を1万円分くれたので忘れないうちに使おうと大森アトレの丸善で偶然10000円弱のお買い物をした。
椅子があちこちにありきれいなショップだった。本は重いので夕飯のしたくやコンピューターの用紙を買ったり生活用品を買うと別の場所による元気はなくなった。

 娘が帰ってきたので夕食お支度をしすぐにスタジオに入った。
 11点の額を購入したので、作品にいれつつチェックをした。黒と銀の額。白額。パール金額がほぼ均等にありサイズはSMといわれるもの7点。F4といわれるもの4点である。2週間のうちに完成しなければならないので大忙しである。
 制作が落ち着いて、この間早苗ネネさんから戴いたCDを聴いた。




 これは驚き!
 私の23年ほど前に作った「百人一首」も当時、関西NHKで放映されたテレビで「ここまで、百人一首が新たらしくなったいいのか。」と評論家先生二人が討論されたが、ネネさんの和歌読みもかなり斬新!女性の歌を選ばれて自分流に歌われる。のびのびと愛をこめて。
 
 ネネさん自身が愛に生きて正直に語る人だから百人一首の歌人たちは自分にすんなりはいっていったのだろう!


 丸善ではたくさん本を買ったのだけど大好きなフリーダの本もそのひとつ。
47歳で亡くなった彼女の今年は生誕100年とのことだ。
小児麻痺。交通事故。49回とも言われる外科手術。夫の自分の妹との浮気を含む裏切り。
美しすぎて頭が良くてスケールも世界的。イサム野口やトロッキーとの浮気や画廊主やカメラマンとの常時。レスビアンもありの激しい生き方。
 私などの届かない世界で苦痛に生きた人。
 絵はほとんど独学。医学生だったメキシコやドイツ系の多国籍の混血。


 フリーダの本はずいぶん持っています。10冊はありますね。
 でも、新しく発見されたヌード写真や衣装など買ってよかった本です。
 フリーダは激痛や絶望で晩年は自殺を幾度もしたそうです。
 フランスの「ボーグ」誌の表紙になったほどの美人。でも本当はこまごまとしたものをきれいに整頓したりかたづける普通の主婦になりたかったそうです。生涯の多くはベッドの上で天蓋に貼った鏡に映る自分の顔とペットのサルやオームや果物を主に描いたのです。
 
 自分の平凡な人生と比べるとやはり運命がそう運んでいったと思います。
 マリアさまのような崇敬をあびてるほどメキシコには愛され、アメリカにいたときは切手が発行され、2度目に買いに行ったときは売り切れでした。
 夫が忠実だったら彼女も浮気をしたかどうか?
 自分の美貌や知性にも自信があったそうでニューヨークの画廊主とも浮気をしてますから
チャンスを上手に使って神にそれなりの報復(言葉が分からない。もっと適切な言葉があると思いますが)を受けてなくなられた気がします。しかし3年後、彼女が愛していた20歳上のご主人も後を追って亡くなります。彼も彼女が特別だったと悟って亡くなったのですから壮大なラブ・ストーリですね。


 次に鈴木いずみさんの本がたくさんありました。
 いずみさんは女優のあとに小説家になったそうです。
 ジャズ奏者の安部薫さんと愛し合い、彼は若くして自殺。
10歳の彼との子を傍らにいずみさんも37際で数年後に自殺です。
生活保護を受けていたそうです。

 いずみさんと薫さんは激しく愛し合い、彼の苦痛を感じるためにいすみさんは自分の足の小指を切り落とします。薫さんとののしりあい暴力も浴びていずみさんの前歯は無かったそうです。壮絶ですね。

 私はこの人達と同時代でしたから少しかすった出会いがありました。
 安部薫には会ったことがありました。20代の小柄なおとなしい感じの人でした。
 中目黒にお住みだった現代音楽家の小杉武久さんに呼ばれていくと、ピアニストの高橋悠二さんが息子さんを連れ手来られ、3人の天才的なミュージシャンが即興演奏をして1匹の「むつ」を鍋でつつくのでした。

 それから、鈴木いずみさんの経歴に「やんろーど」に何回か原稿を書かれていた様で
私も現代詩人の挿絵や加藤郁也さんの「エセ物語」の挿絵を描いたりしてましたので懐かしく
思いました。
 愛し合う二人が傷つけあうほど誠実に関わりあって、音楽も文学も生まれたのですが二人とも自殺されました。ノスタルジーのようなものが鈴木いずみさんの本を再版にもっていってのでしょう。こんなにも愛し合う二人が生活能力がまるでなくて破滅に向かったいった。
それは悲劇で残された子は今そうしているかはわかりませんがフリーダに通じる運命を感じました。


 最後に文庫本で現代の作家の本を読みました。
 31歳の適齢期の女性が結婚を前提に付き合い始めた頃、昔会った奔放なダンサーに再会します。彼女は気が向けば自由に男達とベッドに行き友人関係のように後腐れなく生きていく。
結婚式の日取りも決まってウエディングのデザインやホテルを決める頃、そのダンサーの生き方に惹かれる自分を発見し行きづりの男達とホテルにいくようになる。
 婚約者の夫は両親より先に叔母を紹介する。結婚舌ばかりのまだ若い叔母。しかし、叔母の夫はホモで子ができない。未来の夫が実は叔母とでき子ができてることを知りキャンセルをしようと思うが、式直前にホテルや新婚旅行のキャンセルが容易でないことを知り身動きできなくなってしまう。
しかし、未来の夫の心は既に叔母からはなれ自分にある。
 奔放なダンサーは事故死をするが自殺かどうかはわからない。
 彼女の遺言で赤い指輪を貰う。
 31歳の彼女は結婚式に望む。



 娘とテレビを深夜見てると若いアーティストが二人の幼児を育てながら社会性のある運動をしている姿がドキュメントされていた。忙しすぎて子供にもハムの切れ端を口に入れたままだったり、家の中もアトリエと一緒でカオスになっていた。私はものを作ることの大変さが分かるから現実にそうなるしかないのがわかる。
 娘は、
「ママはテレビおアーティストを反面教師として、家を綺麗にし食事もちゃんと作ってくださいね。」
 私も自分の家がゴミ屋敷だと思っていたので上には上があるもんだと妙に今日の映像には感謝の気持ちが。

 子どもが中学生を終わるまでほぼ専業主婦だった。
 「百人一首」を作ったときは、実家に娘ごと住み込み母親に料理と育児を頼み、主人には夕食に通ってもらったものだった。

 母が倒れ、自分のことは自分でやる上に介護がダブルで始まった。
こんなに制作時間がないのは画家として致命的かもしれませんねえ。

 でも、最低限度の生活はきちんとしたい。
 世間の義理もきちんと果たしたい。
 環境にもきちんと目配りを持っていないと!
 娘ともしっかり会話したい。
 女性として見苦しくない程度には容姿にも気を使いたい。
 おまけに地球の心配もしなくては?

 結構人生って大変ですねえ!

 教会から手紙が来た。
「新しくお御堂を建て替えるので1家に2万円の寄付をのぞむとのこと。」
 う~ん。

 明るいうちに夕飯の買い物です。
いってきま~す。夕飯の後はスタジオ・ワークです。