October 7th, 2007

愛の讃歌!

 朝8時半に起きて急いで有楽町まで行った。9時半からに「エディット・ピアフ」を観るために。

彼女は第1次世界大戦から第二次世界大戦後までの最も過酷な人生を生きたシャンソン歌手。
父親の母の経営する娼婦館で育ち、アルコールをミルクに混ぜて飲まされた為に失明するが、リジューのテレジア、ルルドの水などで奇跡的に目が開く。街頭曲芸師の父に引き取られ、モンマリトルの丘の下町の底辺で歌を歌い小銭を稼ぎ人生を展開し始める。



150センチほどの小柄な彼女は育ちから犯罪に巻き込まれる。万引青年達と歌ったり泥棒のアプローチ。娼婦たちの住む底辺の生活から歌だけが彼女の救い。10代の結婚し2歳の女の子を亡くしている。愛を求め裏切られながらも愛を至上の価値として歌い続け、ステップ・アップして大きな舞台で歌うチャンスやレコードが売れたりする。若手を育てたりしながらも不遇の日にうなされて酒や麻薬から離れられない。体を壊す。20年以上もふけてみられた晩年。幾度も舞台で倒れる。
 彼女は大変稼いのだけれど浪費をする。困った人へも気前良く。
 彼女はフランス人に愛されていたようで、葬儀のときはパリで交通渋滞がおきたそうだ。

 「愛の讃歌」と「薔薇色の人生」は彼女が作詞したそうだ。
 愛するボクサーの彼を飛行機事故で失ったり、20歳も下のボーイフレンドと結婚したり
愛の生きた人。

 あまりにも過酷な人生で飲まずにはいられなかったそうだ。
 子供のときから働き尽くめ、しかし殺人容疑で留置されたり犯罪者扱いされたりもよくあったようだ。彼女を育てるプロフェッショナルの音楽家が次から次へと彼女を押し上げていくが
物語はイエスの生涯のように貧しく弱い人の代弁者のようである。
金塊を持っていて恩人がお金に困って無心してきたときに惜しんだら、泥棒に盗難されたり、
聖テレジアに祈ったら薔薇の香りがしたとか。十字架をお守りのように大事にして舞台に出る前に探したり、過酷な運命を支えたのが信仰だったのだろう。



 今日は土曜日。加藤登紀子さんが舞台に出て「愛の讃歌」と「薔薇色の人生」を歌った。
私はスペイン語の授業に出る前にこの「エディット・ピアフ」の自伝が欲しくなり、2、3店の本屋を探した。地元の大きな本屋にお目当ての本があった。

 友人と茶を飲みながら、昨日「ティファニーの庭園美術館展」プレ・ビューへ行ったことを思い出した。リンカーンの奥様やオードリー・ヘップバーンに愛用のゴージャスな宝石を作り続けてきた老舗。ひとつひとつには愛の物語があったのだと思う。そんなに高価なものでなくても宝石には物語りがある。
 ピアフは高価な宝石をトイレから流したことがあったという。
 その宝石にはいい物語がなかったのだろう。

 昔、ニューヨークで自分で買ったたったひとつのティファニーはハートに鍵の穴のあるブレスレットとペンダント・トップ。
かなりカジュアルなものだ。ジーンにも似合う。そのセットを紺のダブルのスーツと合わせて着て行った。子の小学校の編入試験のときに着ていった記憶があるから古いものだ。

 珈琲を節約してアフリカの飢えた子に送る人もティファニーに心奪われ心の灯火にしている私も同じように人を愛し、できることをしているのだと思う。
ホームレスさんが有楽町駅で「ビッグ・イッシュー」を売っていた。次号から300円に値上がりとのこと。200円では厳しいのだろう。今までに50数人のホームレスさんが自立できたそうだ。

 ホームレスさん。ネットカフェ。派遣社員。
 本当に家と家族の支えがなかったら世間の荒波はどんなに高いだろう。
 ピアフのパリは私達の憧れるパリとはずいぶん違う。
 ピアフが兵隊さんが出かける前に差し出す歌を歌い
 貧しいジプシーを友にし精神の病んでる極限に身を置いて
 歌った愛の歌は
 イエスの福音のようだ。

 現実に裏切られ続け
 貧しさから親からの無心に
 強く手で払ったりする

 生きることは大変なことなのだ。
 誰にとっても。
 私達は身を滅ぼすほど酒を飲まなければならない
 過酷な苦しみを知らない

 しかし、
 ピアフはそんな代償を払って
 歌を残してくれた

 多く愛すものは多く赦される。
 そんな聖書の言葉も自伝にあった。