October 24th, 2007

雉も鳴かずば撃たれまい!

 10月27日は60歳のお誕生日なので、
 自分への還暦祝い?(お悔やみ?)記念に某所でフォト・フレームをオーダーした。
幸い「グラナダ」でのグループ展にて高師淳子さんが写真を撮ってくれて昨日下さったので、その写真をお店で入れてもらった。

 
 17歳で殺された力士の最後の朝稽古を見ていた30年来の相撲ファンが稽古が終わって帰る途中、凄い悲鳴を聞いて元の土俵に戻り兄弟子たちのリンチを目撃し、翌朝稽古中止の理由を死者がでたからと聞いて警察に届けた。その人がテレビに出て目撃の証人になっていた。裁判でも同じことを言う覚悟だという。
 死んだ青年は美しい青年だった。怪我だらけだったという。それから殴る蹴るの暴行をして3人の兄弟子のうちリーダー格を覚えてるという。親方は止めず見ていたという。

 私はブログを書くようになって(今年4月からだが)、ブログには証拠となる情報が書けることがわかった。
陥れと言うのは意外とある。嘘をつく人は意外といる。

 私の「グラナダ」グループ展のオープニングで自分の絵の前でなるべく目立たないように立っていると、後ろから強いドツキがあった。それは、階段にいたら、転げ落ちる可能性のある。ホームだったら落ちる可能性のある力だった。
私の絵の左側が1階に下りる階段になっていて、一人の背の高い男の人の後ろ姿が見えた。彼は振り返った。
「今のご挨拶は先生ですか?」
「そうだ。」
 彼の作品の悪口を私は言った覚えもないし、むしろ褒めてるのを数人の人は覚えてると思う。
 しかし、彼はそれから1週間後の「あと」組みのグループ展のオープニングにも(彼が参加している)、私の名を私と話していた人たちに名指して「好かん。」といったそうだ。私より10歳くらい上でないかしら。
私はこのグループ展には来年からは出ない予定だし自分の仕事をするつもりなのだが、画廊オーナーと企画の人にはこの事実を告げておいた。

 私は自分を訪ねてきた友人達に他の作家の作品を薦め買ってもらったし(勿論、マージンなんかとりません)、
グループ展が盛り上がって、訪ねてきた方が楽しんで帰られるように1日の休まず出勤したのだったが、それを面白くない人がいるのだ。

 私はなにがなんでも成功したいとか有名になりたいとかは思わない人である。
なぜなら、私は充足していて別に絵を描かなくても困らないからである。しかしながら、誘ってくれる人がいてその人の顔を立てたり、付き合いのうちだろうなあと出品しているだけであるのに、不思議なほど災いが来るのだ。驚き!

★あの17歳の青年を殺した人は憎しみがあったのだと思う。
あの青年に感じる潔癖な気高さのようなもの。両親も愚かな人たちではない新潟で検視をしてもらっていたのだ。相撲界の堕落した人たちにはそれが憎悪になるほど嫌なものではなkっただろうか?

☆私の場合、
「よく生きてこられたね。」
「あなたのような人が生きられるほど甘い世界だろうか?」
「正しく生きてきた稀有な存在。」とも言われる。
「殺されちゃうよ!」
「いい加減に生きろ!」
「自分よりあなたの才能が上だと思う人は潰しにかかるんだよ。」
と、ごく若い時から注意をされてきた。

 それで、母親は食い物にしようと寄っている人たちを追っ払うためにいつも厳しく
「普通の人間の幸福を与えてやりたいので。」と誘惑から遠ざけてくれた。

 しかし、それでも
「一生、食い物にして、たかってやるんだ!」と言われたこともあったし、
脅かしや恐喝は日常茶飯事で、絶望で神に祈った日も多い。
否、むしろ、それで、一層神を私は必要をしてきたのである。

 個人的に、神がもう辞めていいといったなら、
ひよって楽隠居でもしたいくらいだ。

★最近、正しく生きる人たちが冤罪になったり殺されたりのニュースをよく聴く。
 最近読んだベンジャミン・フルフォードさんは、正義感あふれるジャーナリストだが、自分が殺されたら世に出すように家族に託した情報が保管してあるという。

☆なぜ、私が生きれてきたかは自分の賜物にある。
 私は易カルタをやったり、一種のものを暴露する透視能力のようなものがあって、その人の最も隠したいものが見える(というよりは、見せられる)力があって、私にそれを暴露されたくないので攻撃しないのである。それこそ、神が私にあたえた恩寵だと思うのだが。
それで、私は黙っているが本当のことを話されたら困る人は大勢いる。

★あの17歳で殺された力士を見ると私は自分に重ねざるを得ない。

☆しかし、目撃者がいて、その人は相撲ファンで勇気のある人だった。


私はそこに神を感じる。
ダイアナも「殺される。」と日記に書いていた。
権力が及ばないことがある。
それが神だ。

イエス・キリスト!
あなたも殺された。
それからACが始まった。

人間は真理に前で暴かれる自分の不始末を見るのが辛いのか?
人間は2012年12月23日には、自分の不始末を見せ付けられ耐えられないものは息途絶えられるそうだ。
それだから、浄化なのだ。
しかし、罪を認めれば神は赦してくれるそうだ。
そして、多く愛せば罪は軽減されるそうだ。

こんなにも困っている人がいて
こんなにも苦しんで人がいて
愛されることを求めてる人がいて
できることはたくさんあるよ!

人の苦しみを聴くだけでも
涙をふき取ってあげるだけでもいいのだよ!

私も少しでも浄化したい。
その結果、神様から不合格点をとって、
消えてく方に選ばれたら
喜んで滅びていきます。

自分で撒いた種だもの。
潔くね。

まだ、間に合うらしい。
アセンションに!