November 3rd, 2007

地味な文化の日になぜか安堵!

 今日は文化の日である。
 主人は今日なぜ家にいるのかと思ったたら休日であった。
 お昼は家族でイタリアンを私の手作りで戴き、主人と娘はお出かけ!

 ゆっくりと掃除をしたりお風呂に入ったリ、髪を乾かしながら本を読んでいると帰ってくる。

 有名人が文化勲章を貰ったりもしないので静かで品のいい文化の日である。テレビでは昭和30年代の「Always 3丁目!」の宣伝と30年代の当時の出来事を写真入りで流している。
 高度成長で夢のあった庶民の暮らし、美智子様のお嫁入りで新しい時代への期待に弾んでいた頃だ。

 その頃小学生で、中学生、高校くらいまでが30年代かしら?
 銀座の不二家でグラタンを食べたりすることが妙にお洒落だった。ドイツ菓子のケテルスのクリスマス・ケーキを貰って感激したり、お出かけのお洋服は「サエグサ」で妹と買って貰えた。
 塾なんか行かなかったけど授業は楽しくて、毎日学校の帰りに草花を摘んだり文具屋でリリアンなど買って、ゆっくりと家で庭で土を捏ねたり宿題をしてのんびり暮らしていた。あの時は不満も何もなく、極たまに夜逃げをした一家や〇〇屋さんの家の子が知的障害があるとか言っても、誰も不幸とか貶める言動はしなかったと思う。いつも綺麗に三つ編みを結ってリボンを飾っていて「あの店の子は器量がいいね。」とか言っていた。お惣菜も「鶯豆」とか「イカの短冊煮」とかで、毎日ご飯のいい匂いがして家族そろって長い掘りごたつで夕飯を戴いた。

 今、振り返るととあれが幸福というものだったのだと思う。

 昨日も東急線に乗ると「仙川で人身事故」のテロップが。
JRの山の手線も日常的に人身事故で遅滞のアナウンスがある。不景気で一部の人以外はずいぶん苦しい生活を強いられてる気がする。新聞でもせこい犯罪ばかりで心の低さを物語るばかり。フィりピンの人にお米と1日500円しか渡さず逃げれないようにして働かせたり、結婚詐欺で勝鬨橋で住もうとマンションの手付けの150万円を女性に出させてドロンしたりの結婚詐欺!
 そんな風にしか生きていけないのか哀しい。

 「週刊文春」を読んでいたら、1000人のアンケートの結果、日本のパパの男性の平均お小遣いは38000円ちょっとで夢は74700円欲しいとのことだ。1日、1200円ちょっとなのね。夢は2300円くらいかあ。
本が売れないわけですね。お昼代だけで消えてしまいそうな金額でお付き合いのお酒とか缶珈琲を買うので消えてしまう額でしょうね。

 ですけど、最近友人がプチ・スタジオにお見えになってお金を使わせないように公園でお話したり神社に遊びに行ったりしてわかったのだけれど知恵の使い方次第ではお金がなくても楽しく暮らせそうな気がします。

 公園で季節を楽しむのは無料ですし、神社もささやかな感謝の献金以外は買い物をしなければ気持ちよく心がけ良い人間に聖変化を助けてくれます。

 本も図書館に行けばいいのです。借りてもそこで読んでも税金を払っているものの権利ですから堂々と気持ちのいい空間を楽しめばいい!

 私はほとんど貰いもののシャンプーや石鹸暮らしです。タオル類もほとんど買いません。薄い毛布などもそう。
自分で買ったものはお気に入りのカラーですから大事に大事に使って20年くらい使ってるものばかりです。

 お金を使うのは主に、他人へのお礼やプレゼントの買い物が多い。
 それは自分がハッピーになるし、その人がぱっと喜ぶお顔が浮かぶと明日へのエネルギーが増してくるのですから無駄遣いではないです。

 食べ物も質素です。テレビで放映しているグルメ番組はどこの世界と思います。食べたことがないので食べたいとも思わないのです。

 私は美術館のカタログも近頃買わなくなりました。
 一生懸命生きたアーティストの本は買います。そして、その真摯な気持ちが自分にも必要だと思います。

 遣り繰りを支えてるのは自分でできることはなるだけ自分ですることかな?
 格好良くしないことかな?
 ブーツの中に隠れてしまう靴下は100円だもの。それでも元は3足1000円だったみたい。

 でもね。
 ささやかな誇りがある。
 人を騙したりしない。
 人を利用したりしない。
 人を食い物にしない。

 質素だったり貧乏だったり節約家なのは恥ではないよね。

 でも、嘘ついて納得のいかない金額を要求したり、他人の善意に付け込んで払うべきお金払わない人多いですよね。
 だから、人に嫌なことを言わないけれど、見てはいます。
 

 ★
 プチ・スタジオの冷蔵庫の上に置いてあるルルドで買った聖べルナデッタ人形があるのだけど、最近訪れた二人の友人が「縷衣香さんに似ている。」という。でも、ステレオタイプの西洋プラスティック人形ですよ!
不思議ね。可愛がっているので似てきたかな?
 私がこの聖女の好きなところは貧乏だけれど卑しくないところだ。
 極貧だったけれど無心などしなかったし、同情してお金を呉れる人からもお金は受け取らなかったそうだ。

 これはいかに凄いことかというと、
 私が20万円無心された神父様はルルドのことを書いていた人だったのですよ。
 そして、ルルドの写真やマザーテレサの写真を撮っている人たちが愛から外れて嫉妬深い性格だったり、他人の懐から毟ろう(むしろう)毟ろうとしている人だったりして、聖人といわれるような人を使って金儲けして嫌だなと私は思うのです。私も立派でないけれど少なくても聖人と自分との差は自覚しているつもりですから。
だから、聖女ベルナデッタの犠牲を思うと安易に触れてるのもおこがましい気がする。


 蝋燭アーティストの千絵ちゃんが「スピリチュアルよりアートが好き。」って書いてきたけれど、私も今はそんな気分。
 スピリチュアルで食べている人や好きな人はとても現実面でがっかりさせられることが多い。

 神の啓示があったからお金を出すように!
 前世、自分の召使だったから、今生も自分のために働くように!
 程度が低いと思いません?

自称 前世、キリストだった方や聖人だった方にもお会いしますが、どうして今生はこんなに堕落しているのですかと聞きたくなります。私など前世もロクでもなかったと思いますよ。

★私が公のスピリチュアルな集いになるべく出向かないようにしている理由は、あまりの質の低さに傷つきたくないからである。そして、この種の仕事をしている人の多くは生活が大変困窮しているところだ。そのため無心が凄いのだ。
人の幸せのためにアドバイスする仕事の人がどうして自分が上手く行かないのか不思議で仕方がない。


 アートはやはり作品が正直に物語る。
 アートは魂の品格が出てくる。
 自分のアートも心が出てくるから自虐で言っているのですが、本当に今の不景気は感謝だ。
 誰の絵も飛ぶように売れる時代ではない。
 親戚も友人のお付き合いには限度があるだろう。

 それがいいのだ。
 本物しか生きれなくなる。
 自然淘汰が始まっている
 自然界にも人間界にも。

★最近不思議に思うことのひとつは、自分が困っている人は割りと人のお節介をするところだ。
 これは何なのだろう?
 私の修業が足りないせいかわからない。
 私は原則的に頼まれたことしかしない。
 頼まれないことはもしかしたら、望んでないかもしれないからだ。

 60歳になって振り返ると、いろいろ見える。
 若い時より視野が広がったのだ。

 犯罪の多くは仕掛けられる。
 女性を集団暴行した人達は、グレープフルーツを気を弾くために転がしたという。主計局の花形ノンキャリアたち。女性の部屋に上がりこみ5人がかりでレイプである。

 この頃では小学生にも「道を聞かれたら逃げなさい。口を利くな。」と教えている。
そうやって誘拐されたり殺されたりの子供が現実にいるからだ。

 娘の頃、世の中は善意にあふれ未来は輝いていると思っていた。
何人かの言い寄ってきた男性は二股かけていて、バレなかったら片方はどう最終的に片付けるのだろうと思った。

 コンピューターを習っているときに待ち伏せしていた中年女性もヤクザに追われていると言っていた。ホテルで何千万円の宝石を売ったとか16億円の家に住んでいたとも言っていた。何が欲しくて近づいてくるのか分からなかったが、この年になってわかったのはアポイントを持たず近づいてくる人には用心すべきだという事実である。

 皆、自分自身のことを褒めた。桂離宮のようなところが実家とかもう少し前に来たら車を1台上げたのにというのもいた。車は別に要らなかったが、どうゆう人間心理なのかよく考えた。

 韓国で大学教授をしている女性が学歴詐称をしていたことがばれた。エール大学の大学院を出ていると言って美術館のキューレーターのような仕事もしていて文化人として有名だった美人である。ブランドもよく似合い綺麗な人だ。大統領の右腕だといわれる人との不倫関係もあり文化畑で伸し上がることができたようだ。

★これはかなりよくある話だ。
 アメリカにいるときに30歳くらいで大学の先生をしている女性の作品が悪く首を傾げた事がある。でも、彼女は美人だった。成る程ね。

 フリーダ・カーロも大変な美人。
 メキシコのみならずいまや国際的な女流作家だ。でも夫がピカソとも交流のある有名画家。
イサム・野口やトロッキーとか情事。ニューヨークの画廊主とも寝たとある。
そんな人しか国際的なアーティストになれないのか?

 私は馬鹿なのでまだめげてないのだ。
 私の夢はアメリカで70歳で成功したグランマ・モーゼス。
 田舎の農業で働いたおばあちゃん。
 こうゆう普通の人が好きなのだ。

★一方、ボクシングの亀田3兄弟。
 アントニオ猪木が亀田選手にエールを送っていた。
 「プロレスを学ぶといいよ。精神のあり方をね。プロレスのヒーラーは悪役に徹し反則もするし嫌われることをいうけれど実力があるんだよね。ボクシングに客を動員するには工夫があって、亀田ファミリーの功績は偉大だ。若いのだから努力して実力をつけてね。
 私も同意見。
 貧しいボクシングにかけた1家が親子1体となって命がけでやってる姿は好きだ。
 それに、今回は父親も相手の実力が上なのを認めている。

 アメリカのWWEのプロレス・ファンの私はプロが徹底して客を沸かせている姿に感動する。プロレスラーの夫が亡くなった奥さんやこどもを食べさす為に仕事を与え司会などに使っている。情のある世界なのだ。

 貧しい人や差別されてる人が腕力で食べれるようになるかも知れない夢の世界だ。犯罪者になってもおかしくない生活から這い上がる唯一の手段を体を張って闘っている。オリンピックのような空中芸や反則を上手にするプロの心意気に感心するばかりだ。サミング(目に指を突っ込む)など日常茶飯事だ。

 メキシコにはプロレスラーとしてお金を稼いで貧民屈の人を救っている聖職者もいるという。そちらのほうが好きだな。女性の信徒に恐喝する神父よりわね!
自分のからだを痛めているのだもの。キリストのようよ!
十字を切って闘うレスラーもいますよ!奥さんやこどもまで動員して3文オペラをするプロレスは本当に凄い。お客様を喜ばせる為ならの心意気でしょうかね。