November 8th, 2007

「マリア・コード」から「蚊帳教会」への愛の鎖に繋がるものは?

 昨年、「マリア・コード」を12月8日の聖母の誕生日に出版しました!たま出版からです。

 未だ1年にもなってないのですが、ずいぶん年月かかって出版された本でした。
 昨年の今頃は最終校正で忙しかったですね。浄化塾生の佐藤君や入谷君の応援で、20年以上前の曖昧な記憶が確かになったのでした。

 不思議な本ですよ。

 第一に1979年の1月13日からできた浄化塾ですけれど雪が降りました。
夕刊フジやTBSラジオにも紹介されたけれど縁のある人しか集まってこなかったですね!

 東京の青山のお洒落な街に、集まってきた人は何かを求めて日々通ったのでした。
 魂の浄化という唯一の目的のために、自分の汚れを曖昧にせず自分にも他人にも厳しく心を切磋琢磨していたのです。しかし、不思議なことが建て続きに起きました。シンクロという言葉が未だ使われない時代でしたが、不思議な体験にとって明確に自分達の使命を知らされてました。

 舞台はやがて、フランスのパリに移りました。
 浄化塾生達とともに、現地で私たちの使命は拡大していきました。

 それが、ある意味で決して派手ではない心のあり方、小さな祈りが有効という発見につながりました。

 2年弱のパリ滞在で私達が知ったのは真理というものが普遍的な力で偽りを壊し虚しくしていく事実でした。ささやかな取るに足りない祈りの力が世界の危機を救ってきたという事実でした。

 日本へ帰国して福祉施設で働く機会を得て、信仰に必要なのは知識ではなく行動であることを肝に銘じたのでした。そして、現実の福祉のありかたというものに疑問もでてきたのでした。当事者、私たちの場合、子供達でしたが、なおざりにされて組織が動いているという事実でした。

 大学を卒業してから彼らは現実の世界に戻り、私も結婚して母親ともなり、人間のいろいろな問題を抱えながら自分の人生を展開してきました。

 娘を連れてパリで個展へ!
 始めに着いた日は日曜日で、「不思議のメダイの聖堂」へ子供と行きました。
 異国の過酷は母子家庭生活も、今思うと、しっかり聖母に守られていたのでした。

 帰国して数年後には、家の事情でアメリカのボストンへ行きました。
 マイノリティの日本人として差別社会をしっかり味わいました。

 それで、世界の不幸を見ることができるようになりました。

 貧しいハイチの出稼ぎの人達。家族を置いて生活費を稼ぐ人たち。
 教育を受けれなかった母親に育てられ、勉学を仕方をしらない黒人の子供達。
 厳しい競争社会に破れホームレスになる人たち。
 離婚した家庭の子やシングル・マザーやゲイ・カップルの養子になった子供達。
 障害のある子どもたち。
 極貧困の家庭。

 同じアジアの人たちの忍耐と夢。

 その中で、若い時と同じように学校に通い制作の日々が始まりました。
 50代でしたね。
 自分で授業料を払うのですから、朝から真夜中まで学校にいました。
 孤独でしたし、語学能力の不備もありましたから不都合もたくさんありました。

 そんな時はかえって、神と繋がっていたかもしれません。
 
 若い時のように、神だけを見て生きていました。


 その中でたくさん制作をしてきました。
 ステンド・グラスも作ったことがありました。
 いつか自分で建てたい小さな教会のために。

 帰国して、銀座教会で25年ぶりに日本で個展をすることになりました。
それで、浄化塾生ももう、立派な大人なので落ち着いた暮らしをしていると思って案内状を出したのでした。25年ぶりくらいの再会でした。

 私が感動したのは、浄化塾生たちはそれぞれ、各自の浄化を励んで生きていたことでした。
とても、見事といっていいくらいに強烈な2年間ほどの浄化塾を大切に生きていたのでした。

 祈りはとても大切だと主張する女医の能見先生から「あなたのような方は本を書くべきだ。」といわれ、まとめたのが「マリア・コード」でした。
能見先生は医療も技術だけでは患者を癒せないとおっしゃるのでした。
能見先生と会ったのは2年前の原宿でのヨシアさんの写真展でした。ヨシアさんとは、青山圭秀先生のルルドとピオ神父のゆかりの地を訪ねる旅でであったのでした。

 能見先生はそのとき、「地震を鎮めるために祈っている。」とおっしゃったのでした。
私達、浄化塾もパリにいたときに、どれだけそのために祈り、犠牲を捧げたでしょうか?

 だから、私は能見先生のおっしゃる意味がわかるのです。

 キリストはもし、義人が10人いたら世界を滅ぼさないとおっしゃいました。
 義人が一人でも世界は滅びないでしょう。

 これだけ、悪に染まり堕落した地上を正すために祈りが足りないのです。

 それで、祈ることを促すために聖母マリアは世界史に現れ続けてきたのでした。
 
 そのことを書いたのが「マリア・コード」でした。

 書いただけでは駄目なのです。
 実行が伴わないと駄目なのです!

 それで、今年の8月11日で北軽井沢のドーム・パラダイスの敷地で祈りの集会を開きました。「蚊帳教会」です。9.11で壊された世界を蘇らすための日本発信の祈りです。

 神さまから与えられた「祈りの椅子」に膝まづき1泊して祈ったのです。
 夏の木は美しく、葉の間からの太陽の光は私達の心に眠っていた愛を起こしてくれました。


 又、地震の情報が飛び交ってます。
 日本にいる間、いつあっても不思議のない巨大な地震で私達が作った人工のものも神の創った自然のものも壊されることが不思議でないのです。

 今、私達のできることは?
 愛の鎖に繋がることです。
 悪戯にアセンションや天変地異を恐れる必要はないのです。

 私達が隣人を愛し、隣人の愛に報いる為に日々生きていれば、
 生命の死はさほど、怖いものではないと思います。

 先日、船井先生の船井オープン・ワールドに参加したときに、10月26日、27日、28日は関東大地震の可能性があるという情報がありました。わざわざ、北海道から訪ねる友人にその情報は知らせなかったのです。台風がありましたね。激しい台風で交通機関が麻痺しました。
地震は神の怒りで人心の乱れが起こすという説もあります。

 いくら宣告されてもどこへ逃げればいいのでしょうか?
 神戸の地震でも生き残った人も歯車が狂いホームレスになった方や精神を病んだ方がおられます。

 私達は謙虚に神に膝まづき、祈ることができる!
 そう、思います。
 大きな悲劇が起きない前に、少しでも自分を省みて償いできることは償い、
心を清め大地の恵を祈ることが唯一できることかもしれません。