November 11th, 2007

「五郎の司祭日記」坂牧俊子著と自費出版の品格!

グラナダ展にきてくださった教会友達のMさんが下さった本をようやく読めた。
「五郎の司祭日記」で信者の坂牧さんが出されて無料でお配りになっているようだ。
昭和58年5月に初版で既に11版を重ねている。ご本人のサインがされていて「私、支払います。」と申し出るとMさんは「無料で送られてくるのだがらいいのです。」とのことだった。


 数日間にわたって読んでみて、ひとりの理想的な若い司祭のことが書かれてあるのがわかった。
 とても清いが心狭くもなく、人間のもろもろの問題を解決するプロセスの苦しみなどが書いてある。
 現実に神父さまと友好の濃い方もいれば、神だけを見ている私のようなタイプの信者もいるので現実にこの本に書かれている神父様のような方がいらっしゃるかどうかは私は知らない。

 具体的に結婚や身近なものを失った方の心の問題や聖書の教えに厳しすぎてクラスメートの反発を買った青年の話など。ある意味、自分も反省するところもあったし「聖書」をもう1度、しっかり読んでみたいと思った。

 

 目黒アンセルモ教会に最近読書サロンができて本の貸し出しをするようになったという。
 それで、本にパンフレットが挟んであったのだけど、Mさんの書かれた「五郎の司祭日記」の感想文も載っていた。「成熟したおとなの信徒とはなんだろう?」がMさんの疑問のようだ。もっと居心地のよい教会つくりのために
皆がもう少し優しく賢明だったらと感じられてるようだ。

★私も最近、苦しんでいた。
 とにかく、なるべく広い範囲の人を理解しようと私は嫌気がさして脱却したスピリチュアル・ワールドに久しぶりに(25年ぶりくらい)縁を作ったのだが、気持ちが付いていかない。

 応援したい。
 少しでも協力して望みを叶えてあげたいと多少とも年をとった私は思う。

 しかし、現実に「愛」だ「奇蹟」だといってる人が騙してお金をといったり、裏で手抜きをして表向き「奉仕」だと言ってる姿を見ると気持ちが萎えるのだ。

 私がここ1年ほどであったスピリチュアルの世界の人は信じられないくらい問題をかかえていた。健康な40代や30代が自分の事業の為に手っ取り早く詐欺のようにお金を求める。
「国際的に有名になりたい。」「〇〇になりたい。」という願いは批判されるものではない。
しかし、地道な努力をしないでどこからか幸運が降ってる来ると思っている。そのため、幸運日や幸運グッズや幸運を得る方法が私にすればかなり高額な費用で組まれてるのだが、売り方が凄まじい。

 私はスピリチュアルな世界に嫌気をさして去っていった人を何人か知ってる。
 そして、成功者へのバッシングも多い。

 個人的に静かに生きたいと去りたくなる気持ちが強い。

★この「五郎の司祭日記」はそんな喧騒に比べるととても穏やかな気持ちになる。
 自費出版の本なのだろう。作者の住所と名しかない。
 信仰関係の本を自費出版が多く、信仰宣言でもあり伝道でもあり、個人が慎ましい生活の中から貯められたお金で出されるので売らんかなのところがなく私は好きだ。

 私も「マリア・コード」などは全教会に郵送したいと思ってる。
 いろいろな考えの持ち主がいるので快く思わない方もくらいらしゃるでしょうが。

★新聞で自費出版のトラブルが多いと出ていた。
 11月10日、日本経済新聞
 80歳の高齢者に1000万円も出させて、1年間たってもいまだ出版したないことが例に出ていた。
 世の中には悪いのがいるのだと思う。


☆私の場合

 20代の頃、バブルの頃だった。
 街を歩いていて週刊朝日誌のライターに会い記事を書いて貰った。記事が出て翌日、出版社から電話があり、出版社がお金がないので借金300万円をチャラにする条件で印刷会社から「易カルタ」が出版された。印税も戴いた。2800円のものに1割であった。大と小の2種類の「易カルタ」を出版していただけた。しかし、在庫がない。又私は幾度も50箱単位で買い寄せた「易カルタ」だった。今、世界中(アメリカやフランスなど)から欲しいといわれているが、在庫がない。
 ファンシー・グッズもカレンダー注文も支払いがないことは有得ず、私は「自分の取り分はいいから、少しでも質のいい物を作ってくれ。」を条件に双方が感謝し合い潤って幸せな20代を終えたのである。

 30代の頃、「百人一首」と「宇津保物語」の原画依頼があった。
 両方とも依頼した方は儲けたかったようだ。
 「百人一首」は子供も生まれるときだったから、婚家を納得してもらう為に材料費を先に戴いた。それで、1年間実家に戻り子供の世話を頼み、制作した。
印税はお金がないからと原画代200枚分をできた印刷の「百人一首」で払ってくれた。個展も銀座で原画展をして「百人一首」のできる前に注文をスポンサーのKさんは取った。フランスでの個展のときに原画展をしたが、勿論全部諸経費は自腹を切った。アメリカにいく前に、Kさんから電話がかかってきて「借金で絵を手放したいが全部まとめて買う人がいない。バラで買う人はいるのだが。」といった。私は言い分のお金を全部払って、自分の百人一首の原画を買い取った。佐川通便で運ばれたガラスの額に入った原画は雨の日ガラスが割れて水が入り和紙コラージュの絵は駄目になった(16枚)。佐川急便はガラス代だけ払った。私は自分の絵が全て美術梱包をして何十倍もの配達代を払うのが常だが、彼女はそうしなかった。請求されたお金の中には材料費も個展代も全て入っていたが、儲けたい心には当然のことだったのだろう。しかし、百人一首は売れ行きがよく最低限度自分のために数箱残っているのみ。値段もどんどん上がり最近、お台場のホテルでの販売価格は制作時の2倍にもなっていた。

 「宇津保物語」の方は、「出版社に売り込んで儲けを折半ししよう。」と言われた。
私は驚いた。今まで売り込んだことなんかはなかったからだ。材料も調べものの旅費も自腹を切ったが、私は「宇津保物語」の話に魅了されたからだった。頼んできた学者は日本にいなかったから売り込んでいるようにも見えず私も出版社に持ち込んだりは一切しなかった。
パリの個展で原画を描き展示し、自分で英訳から仏訳をし、フランス人にチェックを頼んだ。
そして、そのまま年月が経った。(忘れてました)
IAVEというボランティアを総括する国連のボランティア部の日本支部からグリーティング・カードを作るとのことで見本に忘れていた「宇津保物語」の原画写真を見せたら、佐々木さんから「出版したらいいではないの?」と言われ、絵をそのままにしておくのはいけないと
たまたま、銀座教会にきてくれた「而立書房」に話の経緯を話し出版になったのである。
そして、私は自分から「出版にかかる費用は私が出します。」と提案した。学者の先生には手紙に書き出来上がった本をお送りした。

☆私は多分、「宇津保物語」が本当に好きで、この美しい芸術の話を汚すようなことは一切したくなかったのである。それで、自費出版の形を取ったのだと思う。主人は呆れたが私のお金だったし、そもそも話を持ち込んできたのは主人の知人なのである。
「学者先生の名も功績もちゃんと明記して本を出すことは彼女にとってもいいことなのではないですか?」と而立書房の社長に訊いた。「それはそうだ。」
何もトラブルはないが、20年もほおっておかれたのですよ。「宇津保物語」そのものが1000年もほおっておかれたのだが。

★今、自主出版のトラブルを検索したら、儲からないと出ていた。
 販売ルートの確保やプロの作家でも営業が本気で売ろうと思うには2000万円くらい出版社がかけて必死にならないと無理とか。
 「そうかな?」と私は思う。
 
 私は文章のプロではないが、絵を描くことにかけてはプロだ。
 そして40年の画業で知ってる事実がある。

 時代に残るアーティストは一握りだ。
 そして、時代に残る作家も一握りである。
 印税で食べられる作家はその中の一握りで他の手段で糧を得ている。

☆何が一番重要なのか?
 いい作品を作ることである。
 ルドンの展覧会に観にいったとき、いい作品集は自費出版で出ていたりする。
 最後に残るのは作品だけだ。
 いい作品だからこうして日の目を見るので、ほとんどの作品は消えてくのだ。
 アーティストはいい作品を作ることだけを考えればいい。
 いい作品には力があって、どんな環境から生まれてもどんな素人の手を経て作られても
 収まるところに収まるのだ。
 だから、儲かるか儲からないかなどとは考えなくてもいいと思う。

 私の「易カルタ」は日本宣伝商業社という内神田の印刷屋さんから出たが、50を越えるマス・メディアに紹介され、アメリカ人やペルー人が自国語に翻訳してくれた。アメリカの知事の家にも献納した。
 私の「百人一首」は美術館に収まり皇室にも献納した。 
 儲からなくてもいいではないか?
 食べていける限り。
 


 60歳になると人間の哀しみがわかる。

 皆、夢を見るのだ。
 しかし、夢を実現するプロセスの忍耐と頑張りを誰もみない。
 だから、「自費出版であなたも作家になれる!」と言っては駄目だ。
 良心的に、大変厳しいというべきだ。
 

 孤独でもいい。
 私は昨日までと同じ様に自分の道を生きる。

 少しでもいい作品を作る。

 上野千鶴子さんの本に相槌の打ったところはここだ。
 「他人の労働はタダだと思わないこと。」

 格差社会は現実に厳しい。
 酒井順子さんの「黒いマナー」の本にも「格差マナー」の欄がある。
 「経済格差」「容姿の格差」「モテ格差」。
 どれも努力の結果でもある。

☆☆☆人間は幸せでないと駄目だ!
 攻撃的な人間に会うと涙が出ると故クレアゆうこさん
 「そのひとがそんなに自分を受け入れてないのがわかるから。」と。

 皆が成熟して賢くなって皆の幸福のために自分の利益を考えず(無償)働けるようになるまで、まだまだ苦しい闘いがあるのでしょうか?
クリスマス前に私は聖書を読んでよく考えたいと思います。
 マナー的には鈍感であることが必要とか。