November 15th, 2007

私の大好きなゼノさん!



 今日はやや疲れが出てきて1日家から出ませんでした。
髪を洗いゆっくり自然乾燥させながら、久しぶりにのんびりです。

 昨日描いた油絵はガラス効果の手法で濡れていていまだ乾いてないし、部屋の掃除を手温くして1冊のいまだ読んでない本を読みました。「天使のゼノさん」桑原一利著 聖母の騎士文庫

 これは今読むのに最も適切な本でした。
 人を愛するということがどうゆうことか書いてあるからです。
 ゼノさんは聖コルベ神父と一緒に長崎に1932年、32歳の頃のことです。ポーランドで戦渦にまきこまれてロシア・ドイツ・オーストリアに分割され自主権を失った祖国で青春を送りました。

 長崎は1597年に26人の信者が殉教し1862年にピオ9世教皇に列聖されたカトリックの信者の中では畏敬された街でした。

 ゼノさんはコルベ神父やヒラリウス修道士と3人で言葉の不自由な日本ですぐ(聖母の騎士)誌を印刷し配布します。印刷費や紙代以外は節約し食べるものや交通費を切り詰めていたようです。土地をみつけ修道院を建設し、なにしろゼノさんは大変な働き者で大工仕事や鍛冶屋の仕事やさらに人の良心を引き出す才能があり後に寄付を集めたりして教会や福祉施設をつくることになりました。

 ゼノさんの師の聖コルベ神父は帰国し、ナチスにつかまり脱走した囚人の罰に10人が処罰されるとき、家族のいるユダヤ人に代わり「自分には家族がいないから。」と身代わりに死にました。1941年、聖コルベ師は日本時間の8月15日に殉教されました。

 長崎にいたゼノ修道士は師の志を汲み取り仲間達と長崎の原爆後の日本の孤児や病人の為に生涯を捧げました。ゼノさんは貧しい孤児、親や大人に見捨てられ心の荒んだ孤児たちのために衣服や食べ物を集めるために日本中奔走しました。又、政府や荒くれ男の為に売春をさせられてるような弱い女たちにも心を砕き奔走しました。日本人がやるべき仕事を異国の修道士が片言の日本語で話しながらやったので新聞やテレビで報道されるようになるとやっかみの中傷もありました。

 凄いのは彼の私心のなさです。聖母のため、貧しい人のためと考えて行動するときに、他人からよくみてもらいたいとか誤解を恐れることは彼にはなかったのです。彼の有能な働きと稚拙な日本語はバランスが悪いようですが、聖母が謙遜のためにあえてそうしたとしか思えません。美しいブルーの目。素朴な林檎色のほお。長い白い髭。彼は善のシンボルで誰もが彼がどう夕日とであるか知ってました。

 戦後、日本は貧しく当時バタヤと呼ばれる廃品回収業の仕事がありました。リヤカーでいらないものを収集し売って生計を立ててる人を当時の普通の人は軽く扱っていました。そのため、バタヤの両親のいる子は傷つき子供達は学校に行って虐められるよりは家にいたようです。

 ゼノさんはそうゆう子供の為にクレヨンをプレゼントしたり下着などを分けていたのですが、その行動に感化され蟻の街といわれたバタヤ部落に住み込んで子供達の学習を見たり一緒に遊んだ人も現れました。北原玲子さんという若い娘で28歳で蟻の街の教会でなくなりました。

 ゼノさんは牧場で知的障害者たちのための理想の福祉施設をつくり高齢になりボケが始まったとき、1981年、祖国ポーランド出身のローマ法王ヨハネ・パウロ2世が日本にこられ対面し「パパ様」と車椅子に乗り喜びに輝いてる姿はテレビで報道されました。翌年ゼノさんは帰天しました。
1983年には10月10日に聖コルベ神父の列聖式がバチカンでありました。天国で北原玲子さんもゼノさんも祝福で輝いたでしょう。

☆私はゼノさんの単純さが好きです。

難しいことは言わず理屈は抜き。
教義的に細かい批判をする人に「私は死ぬ暇はない。」とただただ無心に疲れ果てるまで1日働く。神父でもないのに神父といわれてるという批判もマスコミにでて自己宣伝をしているという批判もゼノさんにとってはどうでもいいことで、ひとりでも多くの孤児たちに関心を持って貰って持てる人の良心から寄付を戴き子供達に喜びを与えることに使う。
ゼノさんからは国鉄もお金を取らず特別のパスをプレゼントしたようです。

私の子供の頃はバタヤさんはありました。
そして、貧富の差がみえやすい時代で崩れた生き方をしている人には関わらないのが一般的な考えでした。
ゼノさんは優しくてその元凶に批判しこそすれその方達に救いの手を与えます。
とても有名でたくさんの外国人神父や修道士がおられるのですが、彼ほど親しまれたのは日本では前法皇さまくらいでしょうか?
日本人には陰徳の考えがあり目出つ行いには中傷がつきものですが、ゼノさんはそんなことはどうでもいいのです。批判した若者に「あなたは人のことを考えて聖母のことを考えてない!」と言った時、若者は大泣きしたそうです。

人を中傷することに夢中になってるときって愛からドンドン外れていってしまうのですね。

自分もずいぶん教えられました。
私はゼノさんほど働き者でないしゼノさんほど弱い人のところに進んで行ってないのです。
やはり天使なんですね。ゼノさんは!

ちょっと目立つことに恐れている弱い私がいます。
ゼノさんの内部からで照る輝きを私も欲しいと思いました。

この本ではゼノさんが亡くなる時にも聖コルベ神父の列聖式のときも26聖人が現れます。
本を書いた人はロスアンゼルスに住まれ興銀で働きハーバート大学を出られた方でゼノさんにお会いしたことはなかったようですが、天使たちに助けられてこの本を書いたとありました。

☆その世で起きる素晴らしいことは天の助けがあるようですね。
 自分が助けられるに相応しい仕事をしているときに天は助けてくださるそうです。

 私にはゼノさんの生涯は本当に幸せだったと思えます。
 多くの人を幸福にした人が私は好きです。

 このような人の本を読むと1日幸福です。
 書棚にあった宝物の写真集からも思い出を引き出しました!

今日はいい天気!父の家の掃除と中国語教室を終えて!反省も!

 今日は円を中国の元に1万円変えました。これで十分とのことです。
 そして万が一のときのために銀行によって幾ばくかの日本円を引き出しました。
 
 木曜日は父の家の掃除日と決めました。
 いつものように風呂場から台所と進め、床を塗れ雑巾で拭いている内に父は温かい日差しの中でウトウトです。
 ちょっと疲れてる日も父の顔を見ると頑張って目一杯してしまいますが、自分の家のほうは相変わらずゴミ屋敷です。(毎日やってるんですが出すそうも多いからね。)寝室の寝具換えをして洗濯したりしているうちに、探し物を頼まれて2時間あまり母の部屋を物色してました。今日は見つからず。私たちの写真アルバムがあったので持ち帰りました。

 夕飯をしてすぐに中国語教室に行きましたが、いつも10分ほど遅刻です。どうしても夕飯いただくとこうなります。
今日の説明は文化の違いを感じるものでした。それで、質問するのですが、今日の例文は中国のスター・バックスは以外とはやらってないというものでした。それはお茶の文化があり飲茶を飲めるお茶展が充実しているからです。
先生は中国の普段着の中国服を着てらしてボタン色のワンピースがとてもお似合いだったのですが、ご本人は失敗だったというのです。男子学生には「オーツ。」と言われたそうです。今日は午前中に1課だけ復習したのです。そうしたら、お休みした日(グラナダ展に参加して疲れて)のところはやはり分からなかったです。まとめて、先生に尋ねましょう!

 さて、自宅の掃除をしながらテレビを見て食品の賞味期限などの不祥事や今日電車に乗っていて分かった「宇都宮線や高崎線の人身事故のニュース」のことを考えてました。何かとてつもない大きな闇があって弱いアルバイトの人に擦り付けたりする老舗のあり方が世界中に蔓延している悪のような気がするのです。
 
 私も20代のときはいろいろなアルバイトをしました。時給ほんとうにいくらかにもならなかったですでも世間を見るのが楽しみであり、ある種のズルさも社会勉強ののりで知っていったのだと思います。

 不祥事の露見は内部告発だといいます。平たく言うと匿名のチクリですね。
 社会には不文律のルールもあるし、法で決められたルールもありますがチクラずに入られない人たちは不満が溜まっているんですよね。格差社会でいけないという考え方も努力したものが正当に報われることは善だという考え方もありますね。生きることの厳しさはそこにあるのでしょうか?

 私の中でもその二つの考えがせめぎあってます。
 少し余力があれば善をしたいと思う人たちが実践すると「偽善者!」と罵られることがあります。
 それで、たじろいでいると逆に「奉仕の精神はないのか!」って喝を入れられたり。
 なんでもバランスなんでしょうね。

 私は今日、あることで、他人の為に何かをすることの厳しさを噛みしめました。
 頼まれたことをしたつもりだったのですが、頼んだことをお忘れのようでした。

 自分は他人が自分にとって善の気持ちでしてくれたことには感謝をしたいなあと思っています。
 少し他人と自分が違うので、もしかしたら他人のために吟味した贈物を迷惑と思われることもあるでしょうけど、
 自分は他人の好意には感謝したいなあと思います。

 生きてると、まして若い時は注意してくれる人がたくさんいます。
 時々、「違うんです。」って言いたい時もありますが、私は「ハイ!」って言う方だと思います。
 大姑さんが「〇子さん、ちょっとこっちへいらっしゃい。」と言ったときに、若いお嫁さんが「用があるんなら、こっちへおいでよ!」と応えたのを聞いて唖然としたことがありました。50年もの先輩の方にです。
その方は目上の人の忠告にいちいち食ってかかり、私達ははらはらして見てました。やがて、神様がゆっくりその方の非を教える為にある不幸な出来事を送りました。「なぜ、私だけが。」と思ったようでした。しかし、年月が感謝や謙遜を教えたようでした。

 私も口煩い両親に盾を突いていた方です。
 世間は無責任なものです。悪い人もいます。その人の利益になれば若者の将来などどうでもいい人もいるんです。
最近、ちやほやされていた芸能人が犯罪を犯すと目立っていた分、その世間知らずのタレントの後ろにいる大人に腹が立ちます。あるがままを受け入れることも素敵だけど地道にきちんと生きることを教える人に出遭えた人は幸せです。

 自分もかなりの年齢になって素敵な人に会う度にその素敵さが分かることを嬉しく思います。
 Mさんの友人のkさんのフランス語の熟語や単語を覚える貯めのカードの山を見た時に、「自分とはレベルが違うなあ。」と素直に感心しました。難易度も高いし3年にわたって作られたカードはMさんがチェックするとスラスラ答えられるそうです。凄いなあ。それで、専門家になろうとかでなくて単なる道楽とのこと!

 年月かけて作られる素敵なものをせめて分かる人になりたい!
 でも、そのためには学習しないと駄目なんでしょうね。

 格差とか差別とかでなく、そのいいものをきちんと理解する課題とが洗練され上手くひとつの人格の中に納まると素敵なのだけど!

 まだまだだなあ。

 やさしさもまだまだインチキなのだろうか?

 生きることは皆が生きることなので大変ですねえ。