November 23rd, 2007

ようやくスーツケースも自宅に届いて!

 ようやくスーツ・ケースも昨晩届きました。

 ちいさなスーツケースでしたがそれでも入るものです。6日間の衣類がしっかり入ってました。
ジュディ・オングさんそっくりの26歳の桂林のガイドさん。頑張り屋さんで日本語も上手でした。
「コノハナサクヤヒメ」絵本が1冊あったので、日本のことをさらに知ってもらいたいとプレゼントしました。

 そういえば、留守中で熊本県の阿蘇の図書館に「コノハナサクヤヒメ」が入ってました。
少しずつですが、各県の図書館で読まれてもらって嬉しいです。ありがとうございます。

 お土産も小さなスーツ・ケースから次々と出てきました。
 絹のパジャマが1000円。刺繍入りのパジャマが2000円です。お姑さんと娘に買いました。
 桂林の金木犀の香りのするしょうが飴。オリンピックのシンボルのぬいぐるみセット。
 水晶と瑪瑙(メノウ)の縷衣香の印が二個で1300円づつ。三蔵法師のところの筆と墨は寺の修復の寄付も入っているのか高かったです。筆が8000円で墨が2000円で計1万円でした。それと桂林の陽朔で少数民族の方の刺繍したクッションカバーも買いました。元と円で買いましたが1万円近かったですが見事な100人の子供の絵の手刺繍でした。古くからの中国の子の遊びが描かれてました。今度出す絵本「二十四孝」に使います。

 ☆中国で一番大切なものは「親孝行」とのことで四経五書の中に「孝経」があり、その中に「二十四孝」がはいってます。西安の飛行場でようやく「孝経」の本を買えました。あまりにも忙しいツアーでほとんど自由行動がなくて本屋さんに立ち寄る時間がなかったのでその本でであったことはさすが古都「西安」と思うほど奇蹟でした。孔子や孟子や易の本が連なって売ってました。
ひとりっこ政策の中国では夫婦二人で平等に働き食事は家で作らず外食し、その収入で学費を払い大学に行かせ、子は親孝行で恩を返します。感謝や報恩は生きる基礎なんですね。

 中国はまだまだ貧しいところもあり、飛行機に乗れず30時間もかけて西安のガイドさんは仕事に来たそうです。桂林のガイドさんも30時間立って汽車に乗ったことがあるそうです。おトイレにいけないほど満員とのことでした。添乗員さんによると現地のガイドさんは本当に過酷です。桂林の若いガイドさんは勉強家で後ろの座席にいた私は彼女の白髪を見て日本語をこれだけマスターするまでにどのくらい頑張ったかと思うと彼女が前日に赤いオーバーコートを買ったと添乗員さんと話しているのを聴いて一生懸命に働いた人が報酬を得るのはいいことだと思いました。とてもお洒落さんで私の気ぐるみファッションにも関心があるのでした。

 今回は写真をたくさん撮りました。
 どこでもカメラマンが契約していて総合写真を現地の風景と簡単なファイルにしたものを売るのです。断ってもいいのですがたくさんになりました。1つ1000円でした。
 桂林の船にはカメラマンが乗り込んでスナップなどを取るのでした。それをアルバムや簡単なファイルにして売るのですが高かったです。キャビネサイズが500円でした。
アルバムが5000円だったので皆注文しないと、人生の先輩の老夫婦がカメラマンさんが気の毒だからと注文してました。やはりそんなときにお財布を緩めるのは幸せな証拠で感じるところがありました。

 私も西安の「良心堂」で耳の聞こえない人や足の不自由な人など手を使える障害者を30%雇っているシルク絨毯を買いました。天然染めで3人で2年間で織ったものだそうです。現金もカードもなかったのですが着払いでいいとのことでした。掃除をしっかりして敷きましょう。

 あとはレストランで作ってる調味料の瓶です。4本買ったのですが重いのですが美味しかったです。

 私達は帰りには元がなくなってしまい皆で遣り繰りしてました。私のお財布にも綺麗に15元残るだけでした。

 帰りには同じ年齢の二人の子供のお父さんのSさんとやはり3歳上の5月に名古屋から移転したばかりの二人の子供のお母さんの未亡人のYさんとSさん指導のもと成田エクスプレスで品川まで一緒に帰りました。夜の9時到着予定でったので遅滞があると帰りに困り人が多くやきもきしていたのですが無事帰れました。 それからタクシー。留守中の週刊誌を買いました。相変わらずいろいろありますね。

 今、ブログを書いてると「ピンポーン」。絨毯が西安から届いたようです。

 時間があったら墨絵を描きたいところですが真面目に中国語をやって短期滞在ができたらなあと思いました。上海の中国語と北京語はもう違うのです。それに少数民族の中国語はガイドさんでもわからず13億人の大国の首相は大変ですね。

 さあ、掃除!掃除!